やさしくキスをして
ケン・ローチは、イギリスのワーキング・クラスの人達の日常生活や恋愛などを描いて、常に感銘を誘う優れた監督であり、いま一人のマイク・リー*1とともに、イギリスの良心を代表する作家だ。
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『やさしくキスをして』(Ae Fond kiss...,2004)の舞台は、スコットランドのグラスゴー。カトリツクの高校で音楽を教えている孤独な女性ロシーン(エヴァ・バーシッスル)と、パキスタン移民二世のイスラム教徒のカシム(アック・ヤクブ)の出会いから恋愛へ到る過程には、宗教問題、民族問題を鋭く浮かび上がらせている。二人の恋愛の背景には、インド独立時のイスラム教とヒンドゥー教の分裂国家の誕生悲話や、カトリック教徒が置かれている理不尽で厳格な問題が横たわっている。
そんな苛酷な背景のなかで、不幸な結婚をし、別居中の音楽教師ロシーンは、自分の教え子の兄であるカシムと出会い、「相性がいい」と翻訳される二人の恋は激しく燃え上がる。まさに、恋愛の前には家族の崩壊も辞さないという固い結びつきである。しかし、カシムの家族愛とは、イスラム的戒律のもと、結婚や妹の進学先まで両親が決めてしまうほど、厳しく、またそれはひとえに家族愛によるから事態は混迷を深める。
カシムは、友人とクラブを運営することを夢みている。ロシーンは有能な音楽教師であり、校長から正規の教員に採用されるが、カトリック教会の牧師から教育委員会への通報により、転校を余儀なくさせられる。いわば、次から次へと、二人の前には困難が立ちはだかる。恋愛は困難なほど、障害をのり越えさせる。しかし、この映画の場合は、二人の立場は、きわめて複雑であり、イギリス社会の移民問題から、宗教の違い、家族の理解を得られないという究極の選択を迫られる。決断しなければならないのは、カシムである。
二人の恋愛の強さは、ケン・ローチにしてはめずらしく激しく官能的なセックスシーンに現れている。監督は、どこまでもこの二人に対して自分たちの信念を貫かせる。それは、社会的・宗教的・家族的なしがらみから、個人として若者を解放することにある。どちらといえば、抵抗の世代にあたる年齢のケン・ローチは、伝統社会へ埋没などするわけがない。これこそ、ケン・ローチ映画の真髄なのだ。
■ケン・ローチの映画
・映画デヴュー作
『夜空に星のあるように』(1967)
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・日本に紹介された最初の作品で、少年の普遍的な悲劇を描いた傑作
『ケス』(1969)*2
・失業した父親が娘のために懸命に頑張る
『レイニング・スト−ンズ』(1993)
・イギリスの福祉制度への鋭い批判
『レディバ−ド・レディバ−ド』(1994)
・スペイン内戦の反ファシズム戦線内の内部抗争を描いた代表作
『大地と自由』(1995)
・ニカラグア女性とグラスゴーの青年の恋愛映画
『カルラの歌』(1996)
・アルコール中毒の中年男の悲劇的な恋愛
『マイ・ネーム・イズ・ジョー』(1998)
・イギリス国鉄民営化による悲劇を描いた問題作
『ナビゲーター ある鉄道員の物語』(2001)
・母を想う少年の悲劇的な家族映画
『SWEET SIXTEEN』(2002)
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*1:『秘密と嘘』『ヴェラ・ドレイク』の監督。