樹影譚
三浦雅士著『出生の秘密』は、丸谷才一『樹影譚』*1の解読から始まっていた。その『樹影譚』については、村上春樹の唯一の日本文学についての作家論・小説論である『若い読者のための短編小説案内』(文藝春秋、1997)で、吉行淳之介「水の畔り」、小島信夫「馬」、安岡章太郎「ガラスの靴」、庄野潤三「静物」など、第三の新人を中心に、長谷川四郎「阿久正の話」とともに、丸谷氏の「樹影譚」を取り上げている。
- 作者: 村上春樹
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 1997/10
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丸谷才一は、いってみれば小説巧者であり、『笹まくら』『横しぐれ』『たつた一人の反乱』『裏声で歌へ君が代』『女ざかり』『輝く日の宮』と話題作を、書いてきている。評論でも『後鳥羽院』や『文章読本』などがあり、旧かなづかいで書く文体の工夫と、着想・構成の見事さにおいて、反=私小説家の代表ともいえる作家だ。
村上春樹は、丸谷氏を評して「小説の書き方はそりゃうまい。」(188頁)という。
丸谷氏の作品を系列的に読んでいけばわかることですが、この作者は常に「自分ではない誰か」に変身することを求めているように見えます。登場人物を設定し、そこに自らをはめ込んでいくことによって、小説を作り、自己のアイデンティティーを検証していこうとしているように見える。(p.169)
『樹影譚』とは、まさしく、そのような作品であり、メタ小説、いや、構成上、メタ・メタ小説になっている。1)丸谷氏のエッセイ、2)作家・古屋逸平に関する記述、3)作家・古屋逸平が、故郷で講演し、老女に招待され自らの「出生の秘密」に遭遇する、三部構成になっている。
村上春樹は、「本当に怖い話です。幽霊も何もでてこないのだけれど、実に怖い」、「一般的な捨子、継子譚のまったくの逆回しだから」という。そのような『樹影譚』を、三浦雅士は、『出生の秘密』の冒頭に据えたのであり、
ただ、ざわめく影の樹々のなかで時間がだしぬけに逆行して、七十何歳の小説家から二歳半の子供に戻り、さらに速度を増して、前世へ、未生以前へ、激しくさかのぼってゆくやうに感じた。(p.131)
『樹影譚』の小説最後の一文を、捨子・継子譚=出生の秘密のモチーフに選択したことの意味は大きい。たとえば、のちに言及される芥川龍之介の短編でもいいわけだし、漱石の『道草』を、導入部として、論じる方法もあっただろう。
三浦雅士が、『出生の秘密』の冒頭に、『樹影譚』をおき、あたかも『樹影譚』の構成に従うように、「出生の秘密」に言及して行き、「言語空間の光と闇」にたどりつくのは、必然であったといえよう。
- 作者: 三浦雅士
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『出生の秘密』を読了後、丸谷才一の『樹影譚』を読みなおして、この小説の奥深さを感じた。丸谷才一とは小説巧者であり、文学への造詣の深さは申すまでもないだろう。
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■徴兵忌避の『笹まくら』も変身譚。
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■最新作『輝く日の宮』は鏡花への変身願望。
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■吉永小百合主演で映画化された。
- 作者: 丸谷才一
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■山頭火への変身だったのだろうか。
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