小説の読み書き
佐藤正午著『月の満ち欠け』(岩波書店,2017)が直木賞を受賞した。映画化された『永遠の1/2』により、名前のみ印象に残り、「すばる文学賞」受賞(1983年)以来、佐藤氏は何をしていたのか知らず、正直小説家を続けていたのには驚いた。
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直木賞候補作になったとき、間違いなく受賞することは予測できた。『永遠の1/2』から『月の満ち欠け』まで、著者はどのような作品を書いていたのか、興味を持った。
- 作者: 佐藤正午
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まず、すぐ入手できた『小説の読み書き』(岩波新書,2006)を読み始める。作家・小説を書く現代作家という立場からみた近代以降の古典的名著を、独特のスタイルで分析および批判的なコメントを付している。その姿勢は、佐藤氏の作風そのものであり、手際の良さこそ、まさしく作家的方法だった。
『月の満ち欠け』は、生まれ変わり、前世を記憶する少女がリアルに描かれ、あたかも一編の推理小説であるかのような構成に圧倒される。イアン・スティーヴンソン著『前世を記憶する子どもたち』(日本教文社、1990)に触発され、依拠した小説であることは、巻末の参考文献でわかる。<生まれ変わり>という発想は、三島由紀夫『豊饒の海』四部作にあったが、直線的な三島に対して、複数の入り口を用意する佐藤正午。小説として完結していないのは同じだが、『月の満ち欠け』は読者に開放されている。
- 作者: 佐藤正午
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著者の分身的作家は、津田伸一という名が付与された『5』に続き、『鳩の撃退法』でも、「小説を書く」ことが作品よりも大きなテーマとして、読者に開示される。ミステリー的な内容・構成に、きわめて日常的な会話。ありそうであり得ない会話の連続。成瀬巳喜男の『乱れ雲』が何の違和感もなく、小説の中に収まることの不思議さ。会話にただようユーモア。津田伸一は、直木賞を2〜3回受賞しているというあり得ない設定。それ自体が、文壇が捏造する賞レースへのユーモア溢れるアイロニカルな作為にほかならない。
『5』は、反=恋愛小説であり、スープに喩えられる。スープはいずれ冷める。全編がリアルであるようで、あり得ない構成と内容を、正午派文体で貫かれている。夏目漱石が頻繁に引き合いに出される。総合的にみれば、『5』あるいは『鳩の撃退法』こそ、直木賞に相応しいのかも知れない。
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『身の上話』は、少し前に、NHKでドラマ化されたようだが、見ていない。主人公ミチルを戸田恵梨香が演じていたらしいが、お馬鹿キャラのミチルには、演技賞もののキャスティングだろう。冒頭に私の妻と紹介される夫となる男が、小説の語り手という手法。小説は、一気読みしてしまうほど面白かった。
佐藤正午作品には、未読本が多く、当分は「正午派」で行こう。
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これから読む予定
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■村上春樹が、おしゃれで比喩に富み、一種品格のある文体で、別世界に誘うとすれば、佐藤正午は、あたかも本音が吐露されるがごとく日常的会話が文体として練り上げられ、あくまで現実世界から逸脱しない潔さで構築される。村上春樹と佐藤正午は、日本文学を代表する、虚構の両極端にあると言えよう。