狂うひと


梯久美子著『狂うひと「死の刺」の妻・島尾敏雄』(新潮社,2016)を読了する。島尾敏雄に関しては、晶文社刊行の『島尾敏雄作品集』全5巻、『幼年記』(弓立社,1973)『その夏の今は・夢の中での日常』(講談社文芸文庫、1988)『出発は遂に訪れず』(新潮文庫,2007)『日の移ろい』(中公文庫,1989)『死の刺』(新潮文庫,1981)などを読み、私小説家として戦争もの、夢シリーズ、病妻ものなど、興味深く読んできた。


狂うひと ──「死の棘」の妻・島尾ミホ

狂うひと ──「死の棘」の妻・島尾ミホ


従って、島尾敏雄の妻・ミホとは、奄美加計呂麻島の特異な少女のイメージが強く、戦時下の純愛が、敏雄の浮気により、夫婦で狂気の世界に入り、その経過が『死の刺』に結実していると素直に思っていた。



死の棘 (新潮文庫)

死の棘 (新潮文庫)

出発は遂に訪れず (新潮文庫)

出発は遂に訪れず (新潮文庫)

日の移ろい (中公文庫)

日の移ろい (中公文庫)



吉本隆明島尾敏雄』(勁草書房、1975)で提示された島尾敏雄像が、私の中では定着していた。


島尾敏雄 (筑摩叢書)

島尾敏雄 (筑摩叢書)


聖なる妻という浄化されたミホというひとの、島尾隊長へのこだわりは異常であり、通常の夫婦生活では、離れること、即ち、離婚を選択せざるを得ない状況といっても良い。しかし、島尾敏雄は、その日から徹底して妻に奉仕する男、また、文章は妻の眼を必ず通すことを自己の義務と課し、贖罪的な生活を捧げた。


「死の棘」日記 (新潮文庫)

「死の棘」日記 (新潮文庫)


梯久美子は、同じ時期に梯久美子編『妻への祈りー島尾敏雄作品集』(中公文庫,2016)を刊行している。



島尾敏雄の文庫本は、『死の刺』(新潮文庫)と、『その夏の今は・夢の中での日常』(講談社文芸文庫,1988』のみ在庫があり入手可能だが、他の文庫が古書でしか入手できない。



純文学の極北とされた『死の刺』が絶頂期であった島尾敏雄の評価は、文学史の彼方へ消え去ろうとしていた。再び、島尾敏雄夫妻を、甦らせ、残された膨大な記録から、新たな光を当てた梯久美子『狂うひと』は2016年最大の収穫であった。


魚雷艇学生(新潮文庫)

魚雷艇学生(新潮文庫)

贋学生 (講談社文芸文庫)

贋学生 (講談社文芸文庫)


未購入であった『島尾敏雄日記『死の刺』までの日々』(新潮社,2010)を入手し、島尾敏雄の作品群など、再読の機会となった。