脇役本

脇役本―ふるほんに読むバイプレーヤーたち

脇役本―ふるほんに読むバイプレーヤーたち


濱田研吾著『脇役本 ふるほんに読むバイプレイヤーたち』(右文書院)は、古書からみる脇役たち、マイナーもここに極まれリ、という傑出本だ。登場する50名あまりの脇役は、主として、映画のなかの脇役だが、本業が演劇である人たち、滝沢修(民芸)・三津田健(文学座)・東野英治郎俳優座)から、映画の脇役人生をまっとうした人達、山形勲伊藤雄之助内田良平成田三樹夫たちや歌舞伎役者・八世市川團蔵など多彩な陣容に、唖然・呆然・驚愕・感動させられた。


まず、雑本と呼ばれる「脇役本」を収集する対象が、歌舞伎・新派・新国劇・新劇・商業演劇・軽演劇・映画・テレビ・ラジオと、ほとんどのジャンルになっていること。その俳優たちの自叙伝・芸談・エッセイ集・句集・詩集・研究書・対談集・書簡集・写真集・饅頭本ミニコミ誌など、あらゆる種類の資料を渉猟している。濱田氏のエネルギーに、ただただ感服し、圧倒される。


「ある老優の死 八世市川團蔵」が、読ませる。歌舞伎役者としては評価されなかった市川團蔵が、80歳の引退興行後、四国遍路の旅にたち、霊場めぐりを終えて、小豆島から大阪に向かう船から入水した。皮肉にも、團蔵は「入水」という自殺により、多くの人達の注目を浴びることになる。


一期一会・さくらの花 (講談社文芸文庫)

一期一会・さくらの花 (講談社文芸文庫)


「ロマンティックに捉えている安藤鶴雄」「覚悟の入水を激賞し、芸道と武士道を説いた三島由紀夫」「劇的な幕切れに苦言を呈した大佛次郎」の言及に触れ、作家・網野菊による『一期一会』が、團蔵の死を自己に重ねて書いたことで、高い評価を得たこと。一方、戸板康二は、團蔵の旅の足跡をたどりつつ書いた『團蔵入水』は、詩人の詩碑を見て、船上からの入水を決意した、と解釈する。


「カウンターの詩人 内田良平」では、内田は詩人であり、実際詩集*1を出版していることに触れ、エッセイ『内田良平のやさぐれ交遊録』(ちはら書房、1979)には、高品格、山本麟一、安部徹、西村晃、江見俊太郎、成田三樹夫など脇役好きにはたまらない人物が、目次に並んでいる、という。その成田三樹夫が、文学者であり、およそアクの強い悪役専門であった彼が、急逝したあと、夫人や友人の意向で残された俳句集を出版した。


本業は新劇の俳優である薄田研ニについては、『還暦記念・薄田研ニ写真集』や、佐野繁次郎装幀の『暗転』など、ファン垂涎の稀覯本がある。薄田夫人であった内田礼子『一女優の歩み 井上正夫・村山知義・薄田研ニの時代』(影書房*2があることも付け加えておきたい。


といったように、50余名の脇役(故人)について、関連する古書から引用し、書影を掲載している貴重本だ。


ともあれ、趣味が高じて、一冊の書物となる。実に、刺激的であり、感動ものだ。濱田研吾『脇役本』は、集書と関心が見事に融和している。著者の本や人物にたいする熱い想いが伝わり、その姿勢は、いさぎよい。


徳川夢声と出会った

徳川夢声と出会った


■補記

上述した人物以外で『脇役本』に収録されている「脇役俳優」を以下に列挙しておく。
小林重四郎・加東大介小沢栄太郎青山杉作・三世河原崎権十郎上山草人志村喬古川緑波有島一郎芦田伸介加藤嘉・三世市川左團次徳川夢声三國一朗・浪速千栄子・小杉勇・秋月正夫・大矢市次郎浦辺粂子河津清三郎・細川ちか子・小暮美千代・草野大悟田崎潤佐分利信岸田森佐々木孝丸・永井智雄・木村功左卜全若水ヤエ子山村聡・二世市川小太夫・八世坂東三津五郎・高橋豊子・天本英世菅原通済・松本克平・柳永二郎中村是好久松保夫・内田朝雄・志賀暁子・中村伸郎龍岡晋宮口精二など。

それにしても、まったく知らない俳優もいるし、錚々たるメンバーである。


南の島に雪が降る (知恵の森文庫)

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日本人への遺書(メメント)

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