トニー滝谷


村上春樹原作、市川準脚本・監督『トニー滝谷』を観る。


映画を観たあと、原作を再読するとほとんど原作に忠実に製作されていることがわかった。村上春樹の作品そのものから受ける印象とは、リアリティに欠けることであるが、テクストとして読む分にはさほど違和感をもたない。


けれども、映像化されてしまうと、登場人物の存在感がきわめて稀薄であることに気づく。イッセー尾形が大学生から中年の現在までのトニー滝谷と、彼の父・滝谷省三郎の父子の二役を演じている。


小説のなかのトニー滝谷のイメージからいえばイッセー尾形には、異和を覚えるかも知れない。村上春樹の作品からは、もっと洗練された俳優が演じることが期待されるだろう。フィルムから覗えるのは、むしろ変幻自在な存在、換言すれば存在自体が稀薄感をただよわせるイッセー尾形で良かったとも言える。


トニー滝谷は、細密な絵を描くことが得意であり、やがてイラストレイターとして仕事を成功させる。


孤独なトニー滝谷が一度だけ恋をする相手が宮沢りえ。洋服を優雅に身にまとっているA子。次々と洋服を着替えるが、どの洋服もぴったりと彼女に似合っている。宮沢りえが演じるから、その見事なまでのフィット感が、観るものに感動をあたえる。結婚した二人。妻の洋服のために一部屋まるごとクローゼットにしてしまう。部屋中が洋服で満たされた空間。


突然の妻の死と残された洋服。その洋服と靴に合う女性をトニー滝谷が募集し、応募してきた女性B子は、再び宮沢りえ。ショートカットでボーイッシュなB子も魅力的な女性だ。B子・宮沢りえは、A子・宮沢りえが残した洋服を試着しながら涙を流す。一週間分の洋服を持って帰るB子。ところがトニー滝谷は、B子を雇うことを断り、洋服を全て古着屋に売り払う。何もない空間に横たわるイッセー尾形のイメージは、父親が敗戦後中国で戦争犯罪で囚われた空間に重なり、父と一体化する。また、洋服を選びながら涙を流していたB子を想起する。


ラストシーンのみ原作と異なり、イッセー尾形がB子宮沢りえに電話する光景が追加されている。ちょっとした手違いにより電話は切られてしまう。この余韻は、市川準村上春樹の小説を補完しているといえるだろう。


映画『トニー滝谷』は抽象的な空間を構築し、画面の転換はキャメラの横移動で、壁あるいは黒味を通過することによってカットが変わる仕掛けになっていて、この手法が新鮮だった。村上春樹の世界を表現するには適した方法だと思う。


市川準が構築したハルキ的世界は、西島秀俊のナレーションで小説の文章と巧みに融和され、村上春樹の雰囲気を持つ世界になっていた。


村上春樹の本格的映画化は、大森一樹の『風の歌を聴け』(1981)以来20年振りであり、小林薫のミスキャストを思えば、『トニー滝谷』は映画化作品として宮沢りえを得たことで、成功したといえるだろう。


ハルキ的世界を映像化することは実に困難なことであり、『トニー滝谷』は、現実感のない世界であること、透明感ただよう映像、空虚な風景など、見事に村上春樹の世界になっている。


観終わったあとの寂寥感はまぎれもなく、村上春樹の世界だった。


レキシントンの幽霊 (文春文庫)

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村上春樹全作品 1979?1989〈8〉 短篇集〈3〉

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参照id:yukari57