ジャン・ルノワールの映画は美しく官能的だ
ジャン・ルノワールの映画
『淀川長治映画ベスト1000決定版・新装版』(河出書房新社,2021)をみていて、
ジャン・ルノワールについては、次の6本しかあげていないことに気づいた。
『大いなる幻影』『南部の人』『河』『黄金の馬車』『フレンチ・カンカン』
『恋多き女』である。『素晴らしき放浪者』がない、『ピクニック』がない、『ゲームの規則』がないといった案配だ。
映画の伝道師・淀川さんにしてこの有様だ。ジュリアン・デュヴィヴィエが10本に
なっているのは、淀川長治(1909~1998)の時代、『ジャン・ルノワール自伝』(みすず書房,1977)は刊行されていたが、ルノワールの未公開フィルムを見ていないのではないかと推測する。
まあしかし、そんなことは、淀川長治さんの実績とは関係ないだろう。淀川長治に倣い、拙ブログで<ベスト映画1000>の公開を目指して。
さて、本題に入ろう。ジャン・ルノワールだ。ジャン・ルノワールの10本を選びたい。
『ランジュ氏の犯罪』
ジャン・ルノワール映画の未見作品と主要作品の見直し作業の結果を
以下に記録しておきたい。
この2~3週間で見た、あるいは見直した作品を製作順に並べると
『カトリーヌ』(1927)
『女優ナナ』(1926)
『のらくら兵』(1928)
『坊やに下剤を』(1931)
『牝犬』(1931)
『十字路の夜』(1932)
『素晴らしき放浪者』(1932)
『ボヴァリー夫人』(1933)
『ランジュ氏の犯罪』(1935)
『ピクニック』(1936)
『どん底』(1936)
『大いなる幻影』(1937)
『ラ・マルセイエーズ』(1937)
『獣人』(1938)
『ゲームの規則』(1939)
『スワンプ・ウォーター』(1941)
『この土地は私のもの』(DVD題『自由への闘い』)(1943)
『南部の人』(1945)
『浜辺の女』(1946)
『河』(1950)
『黄金の馬車』(1952)
『フレンチ・カンカン』(1954)
『恋多き女』(1956)
『草の上の昼食』(1959)
『ジャン・ルノワールの小劇場』(1969)
以上、25本になる。ジャン・ルノワールが製作したのは40本だから、特に、サイレント期の作品が10本あり、サイレント作品は3本しか見ていないことになる。トーキー作品は30本ある。従ってサイレント3本、トーキーは22本を見ているので、全体で残り15本を見ていない*1。
トーキー作品未見が7本*2あるが、いずれ見る機会を得たい。
しかし、今回の25本からルノワールの映画はほぼ視えてくるだろう。
以上のうち、『牝犬』(2007-11-23)と『ボヴァリー夫人』(2007-04-14)については、既に拙ブログにて一度2007年に言及している。
だれもが知っているあの『大いなる幻影』は多分3回目以上だろうか、再見の印象は、骨格がきわめてはっきりした映画であったこと。ジャン・ギャバンとエーリヒ・フォン・シュトロハイムが出演していることでも有名な作品だ。
ジャン・ギャバンは4本の映画に出演している。『どん底』『大いなる幻影』『獣人』『フレンチ・カンカン』どはれも素晴らしい。優劣をつける権利はわたくしにはないが、映画の楽しみを優先するなら文句なく『フレンチ・カンカン』が、ベストとなる。
特に今回は、『ランジュ氏の犯罪』について触れたい。この映画こそ以後のルノワール作品に展開される映像のスタイルを引き継ぐ重要なフィルムなのだ。
フランソワ・トリュフォーは、次のように述べている。
『ランジュ氏の犯罪』はルノワールのすべての映画のなかで、最ものびやかで、演技とキャメラの<奇蹟>の密度が最も高く、純粋な真実と美が最も多くつめこまれた映画であり、恩寵に導かれてつくられたとも言える映画である。(286頁『ジャン・ルノワール』フィルムアート社,1980)
冒頭の自動車が到着した田舎宿で、女ヴァランテイーヌ(フロレル)が回想で語るその内容に見る者は、強く引ききこまれる。田舎宿に同行してきた男は、出版社バタラの従業員ランジュ(ルネ・ルフェーブル)であり、彼は冒険小説「アリゾナ・ジム」を書いていた。
バタラ社長(ジュール・ベリー)は借金のため逃走するが、列車事故に遭い死亡報道がでる。残された社員たちは協同組合方式で出版社を運営している。
神父に扮して帰っってきたバタラを巡るキャメラの360度回転する動きが、実に素晴らしいのだ。協同組合員たちのパーティ後、中庭に酔った管理人がごみ箱の上に座り、神父を見つけ幽霊かと間違うシーンから実によく練られた脚本と演出によって見事なショットが構成されている。
ランジュは神父姿のバタラを見つけ、ついに拳銃で撃つ。するとバタラは「神父」を呼んでくれ」と管理人に依頼すると・・・
このような案配で、ランジュ氏とヴァランテイーヌの二人の運命は、旅館の連中に許され、海辺の砂浜を歩いて逃亡するエピローグでエンディングを迎える。
【登場人物が多く最低2回以上は見る必要がある映画】
典型的な作品が、『ゲームの規則』であろう。ルノワールの最高傑作であることは、今日揺るがない。しかし、その梗概を記すことはきわめて困難である。ブルジョワ喜劇であり、偶然の勘違いから一瞬にして悲劇で終わる。ルノワール自身が演じるオクターヴの台詞「この地上に恐ろしいことがあるとすれば、それは誰もがそれぞれ自分の道理を持っていることだ」。が、しかし「人が社会生活を営む上で守らなければならない規則」が「ゲームの規則」であり、本作の9人の主要登場人物はそれぞれに解決すべき問題を抱えている。唯一の誠実な人物である飛行士アンドレは、《ゲームの規則》を守らなかったが故に、必然的に犠牲者となってしまうのだった。
【窓枠と鏡】
ジャン・ルノワール映画の特徴を語る切り口は<窓枠>と<鏡>である。『ピクニック』は、昼食をとる二人の若者が窓枠から、扉を開けると、そこには戸外でブランコに乗るシルビア・バタイユの若々しい姿が写されたし、『獣人』ではジャン・ギャバンがシモーヌ・シモンを殺害したあと、鏡に映された己の姿に愕然とするシーンが強烈な印象を放つ。その他、多くの作品に窓と鏡が登場している。
【映画史上最も美しい接吻】
『ピクニック』で家族とともに田舎にきたアンリエット(シルビア・バタイユ)がアンリ(ジョルジュ・ダルヌー)に船乗りに誘われ、草むらで交わされる二人のキスは映画史上最も美しい接吻シーンであり、キャメラがシルビア・バタイユの顔をクロースアップするショットは官能的で美しい。
しかしながら、その幸福は瞬時にして終わる。後日、二人は再会するが、アンリエットは結婚しており、時間の経過が無力さを示している例外的傑作である。
【愛の交歓を直接写さない撮影法】
例えば『獣人』のジャン・ギャバンとシモーヌ・シモンが大雨の中で逢引し、二人は小屋の中に入り入口は布で覆われ愛の行為は、外の雨の降り方で表現される。小屋の外は雨が降り注ぎ、瓶に注がれる水が止まると、二人は外へ出る。この描写により、二人の愛の交歓の顛末がわかる仕組みだ。ルビッチのように粋ではないが、映像による代替表現の巧みさはルノワール的である。
【フィルムノワールの嚆矢的作品】
『十字路の夜』(1932)は、メグレ警視ものだが、映画史上の「フィルムノワール」の最初のフィルムだった。通常は『マルタの鷹』(1941)と考えられてるが、9年前にフランスで製作されていたのだった。これも大きな発見だった。しかも、『十字路の夜』は、説明不足であり(脚本の部分を飛ばして撮影したらしい)、それがかえってフィルムノワールの雰囲気を醸し出している。
【ラストシーンがチャップリンと逆構図】
『どん底』は、ゴーリキ原作でロシアが舞台の戯曲だが、ルノワールは、舞台をフランスに置き換え、ペペル(ジャン・ギャバン)とナターシャ(ジュニー・アストール)は、チャップリン映画とは逆方向に、画面の手前、つまり観客の側へ歩いてくるのだ。どん底から逃避する二人の未来は、見る者に託される。希望へつなぐラストシーンは見事である。
【演劇と人生を考察する映画】
『黄金の馬車』は、舞台上の演技(映画の演技)と実人生について、見る者を、考えさせる貴重なフィルムだ。アンナ・マニャーニの演技全開だった。
【戦争の中の日常】
『ラ・マルセイエーズ』は、フランス革命を描いた作品だが、「隣の家で起きた事件を物語るような調子で描き、偉大な瞬間を個人的観点から扱った」と述べている。つまり、派手なフランス革命映画ではないのに、傑作になっている。
また『大いなる幻影』は、戦争捕虜の脱走劇だが、将校たちが捕虜のせいかなぜかのんびりした雰囲気が漂う。単純な反戦映画ではないことだけは確かだ。
【ルノワール映画を飾るの女優たち】
サイレント時代のカトリーヌ・ヘスリング『カトリーヌ』『女優ナナ』
ヴィナ・ヴィンフリード『十字路の夜』
シルビア・バタイユ『ランジュ氏の犯罪』『ピクニック』
シモーヌ・シモン『獣人』
ポーレット・デュボスト『ゲームの規則』
アン・バクスター『スワンプ・ウォーター』
ジョーン・ベネット『浜辺の女』
フランソワ・アルヌール『フレンチ・カンカン』『ジャン・ルノワールの小劇場』
アンナ・マニャーニ『黄金の馬車』
イングリド・バーグマン『恋多き女』
【ルノワール映画の男優】
ミシェル・シモン『のらくら兵』『坊やに下剤を』『牝犬』『素晴らしき放浪者』
ピエール・ルノワール『十字路の夜』『ボヴァリー夫人』『ラ・マルセイエーズ』
ジャン・ギャバン『どん底』『大いなる幻影』『獣人』『フレンチ・カンカン』
チャールズ・ロートン『この土地は私のもの』
ジャン・マレー『恋多き女』
ポール・ムーリッス『草の上の昼食』
ルノワール映画を代表する俳優は、ミシェル・シモン以外あるまい。『のらくら兵』における奇怪な存在に始まり、『牝犬』で女性に破滅させられる男。浮浪者となったミェル・シモンは、『素晴らしき放浪者』では、理想的な放浪者として自由奔放にふるう。ある意味で、ジャン・ルノワールの男の理想像を描いていると言っても過言ではあるまい。
ジャン・ルノワールのとりあえずのベスト10
1)ゲームの規則
2)素晴らしき放浪者
3)ピクニック
4)ランジュ氏の犯罪
5) のらくら兵
6) 恋多き女
7) 河
8) 南部の人
9) フレンチ・カンカン
10) 黄金の馬車
11) 獣人
12) 大いなる幻影
13) 十字路の夜
14) 草の上の昼食
15) 牝犬
16) スワンプ・ウオーター
17) ラ・マルセイエーズ
18) どん底
19) ボヴァリー夫人
20) この土地は私のもの
ジャン・ルノワールDVD-BOXは紀伊国屋書店、ジュネス企画、IVC、ブロードウェイなどから発売されている。現在入手不可のDVDもあり、ルノワール全作品を見ることは困難な状況である。