『羊の歌』は加藤周一の<優秀な知的観察者>に共感できるかどうかだ
『羊の歌』
かねてから懸案だった加藤周一『羊の歌』正・続編および、『「羊の歌」その後』を読む。かつて所持していた新書二冊は、所在不明のため購入しなおした。2014年に改版され活字が大きくなっていた。
『羊の歌』 については、多くの評者が書いているので、特に詳述しない。
対象と距離を置き、常に冷静に処する加藤周一の加藤周一たる所以を知ることになる。
丸山眞男に関する書物は、毎年数冊刊行されるが、加藤周一についてはそれはほとんどない。
加藤周一は、生涯<観察者>であった。
「私の立場さしあたり」に「言葉」「知識」「信念」「政治」について書かれている。「いかなる理解も、具体的な対象の抽象化を伴う」と「追記」で明記しているとおり、「価値について私は相対主義者であり、特定の価値を信じて疑わないのは、おそらく歴史と社会についての、また人間の生理・心理学的機構についての、情報の不足、無知の結果だろうとさえ、考えている」に<観察者>としての加藤周一の立ち位置が示されている。
鷲巣力著『加藤周一はいかにして「加藤周一」になったか』(岩波書店,2018)は、「『羊の歌』を読み直す」の副題を持つ評伝だが、『羊の歌(正・続)』執筆により、名目とも「加藤周一」になったとする。
しかし、加藤周一は『1946・文学的考察』(中村真一郎、福永武彦と共著.真善美社、1947)出版時に、「加藤周一」になっていた。
あるいは『雑種文化』(大日本雄弁会講談社,1956)刊行によって「加藤周一」になっていたと解すべきだろう。
『羊の歌』は、加藤周一バイアスの修正の試みであり、鷲巣力の著者が面白くないのは、解説の解説になっており、新鮮味がないからである。直接『羊の歌』を読むのが良いのは申すまでもない。
鷲巣力『加藤周一はいかにして「加藤周一」になったか』の第Ⅱ部第4章までは、『羊の歌(正・続)』の祖述で、新しい発見はない。残るは第Ⅱ部第5章「『羊の歌』に書かれなかったこと」の内容に尽きる。
しかし結論から言えば、第Ⅱ部第5章からは、新しい事実は出てこない。ヒルダさんとの「離婚協議」があったようだが、矢島翠との同居の時期も記載されているが、離婚理由や新しい恋人との関係など、よく解らない点が多い。
『羊の歌』は自伝あるいは「私小説」だろうが、肝心なというか重要な箇所には触れていない。もちろん、自伝は、書き手にとって不都合な部分を隠蔽する権利もあるだろう。しかし・・・「共感」という点では、加藤周一にはありえないと言わざるをえない。
加藤周一は『羊の歌(正)』の「あとがき」に次のように記している。
今俄かに半生を顧みて想い出を綴る気になったのは、必ずしも懐旧の情がやみ難かったからではない。私の一身のいくらか現代日本の平均にちかいことに思い到ったからである。/中肉中背、富まず、貧ならず、言語と知識は、半ば和風に半ば洋風をつき混ぜ、宗教は神仏いずれも信ぜず、天下の政治については、みずから星雲の志をいだかず、道徳的価値については、相対主義をとる。人種的偏見はほとんどない。芸術は大いにこれを楽しむが、みずから画筆に親しみ、奏楽を興ずるには至らない。―こういう日本人が成り立ったのは、どういう条件のもとにおいてであったか。私は例を私自身にとって、そのことを語ろうとした。
さて、この「あとがき」に言うところの「現代日本の平均にちかい」は大いなる誤解であろう。加藤周一は、東京山の手の上流階級に近いところで成長し、その環境を見るに「日本人の平均」にほど遠い。加藤周一が本気でこのように記したなら、そこに、策略があったとしか思えない。「共感」できないところである。
『羊の歌(正・続)』は自伝の形を借用した私小説に近いが、肝心の部分は「累を他に及ぼすことをおそれて、現存の名まえをあげず、話にいくらか斟酌を加えたところもある」とは、1946年に中西綾子と結婚し、1952年にオーストリア人のヒルダと出会い、後の1962年に綾子と協議離婚をし、その年にヒルダと結婚している。
ヒルダの家族やヒルダとの協議離婚が、1974年に成立するが、その前年に矢島翠と同居している。これらの私的生活は、まったく触れていない。
私が加藤周一を評価するのは、『三題噺』(ちくま文庫,2010)である。この著書において加藤周一の基本的な生き方、思考法が記述されている、と思うからだ。石川丈山の隠棲による日常生活に徹する生き方、一休和尚が老いてから得た盲目の女人との官能に溺れる生き方、の「言葉の構造と世界の構造とが相互に他を反映する」という「加上」の理論で相対化する富永仲基の形而上学の知性、日常・官能・知性の世界を「小説」という形式で表現した加藤周一の希求する三つの世界であ。
この一冊は、加藤周一がよく解り、共感できる著書である。
『加藤周一自撰集』全10冊(岩波書店,2009~2010)は所有するも、部分的にしか読んでいない。
平凡社から出ている『加藤周一セレクション』全5冊も所有するが積読。
かもがわ出版から出ている『加藤周一講演集』『加藤周一対話集』もほぼ所蔵するも未読多し。
また『日本文学における時間と空間』(岩波書店,2007)も重要である。
その他、重要な著作が多数ある。平凡社から出ている『加藤周一著作集』全24巻も後半の著作を採録していない。今後も『加藤周一全集』が出る見込みはない。
朝日新聞に月に1回掲載されていた『夕陽妄語』は掲載の都度読んできた。
この先、加藤周一の著作を読み続けることはおそらく出来ないだろう。部屋の中に埋もれている加藤周一の著作をすべて探し出す時間はない。しかしながら、丸山眞男と加藤周一がいない時代を私たちは生きているのも事実だ。
「知の巨匠」が不在の時代。今このとき、丸山眞男ならどのような発言をするだろうか。あるいは、加藤周一ならどうのような言葉を発するだろうか。<不在の時代>とは、指標となる知の巨人がいない今のことだ。