みすず読書アンケート2016


「みすず」の読書アンケートを例年どおりさっと眼を通した。その後、今年はゆっくり読み、集計しないことにした。

145名の回答から、それぞれの専門分野での収穫があり、集計することにあまり意味を見いだせない。書物を読むことはきわめて個人的な営みである。それでもジャンルが異なる研究者や評論家が、どのような本を取り上げているのか気にかかる。例年と異なり、今年は集計にあまり意味を見いだせなかった。

それでも4名が収穫としてあげている山本義隆『私の1960年代』(金曜日,2015)のみは、取り上げたい。特筆すべき成果であるからだ。


[書物]私の1960年代


私の1960年代

私の1960年代


山本義隆著『私の1960年代』(金曜日,2015)は、かつて東大全共闘委員長であった著者が、これまで語ることになかった60年安保から69年安田講堂を経て、大学院を離れ、進学塾講師をしながら、日本の近代化過程における科学が果たした役割とは、軍産学共同体そのものであったことを語る。


磁力と重力の発見〈1〉古代・中世

磁力と重力の発見〈1〉古代・中世

磁力と重力の発見〈2〉ルネサンス

磁力と重力の発見〈2〉ルネサンス

磁力と重力の発見〈3〉近代の始まり

磁力と重力の発見〈3〉近代の始まり


専門の物理学を研究しながら、在野における文献入手の困難さを乗り越え、『磁力と重力の発見』3部作、『一六世紀文化革命』2巻、『世界の見方の転換』3部作、全8冊の<近代科学誕生史>を書き上げている。


福島の原発事故をめぐって―― いくつか学び考えたこと

福島の原発事故をめぐって―― いくつか学び考えたこと


山本氏の生き方、学問への向かい方など、真摯な姿勢が貫かれている。

闘争の時代は、声だかにではなく、自然体の口調で穏やかに語られる。

補註として付されている資料や、国立国会図書館に納本した膨大な『東大闘争資料集』*1は、歴史の史料として貴重なものとなるだろう。山本氏が個人的に収集したビラや討議資料と、別冊の「戦時下における東京帝国大学総長告示集」「東京帝国大学農学部学徒動員の記録(全4巻)」*2は、とりわけ貴重である。



新・物理入門 (駿台受験シリーズ)

新・物理入門 (駿台受験シリーズ)

熱学思想の史的展開〈1〉熱とエントロピー (ちくま学芸文庫)

熱学思想の史的展開〈1〉熱とエントロピー (ちくま学芸文庫)


山本氏の著書は、紀伊国屋じんぶん大賞では、25位という低い評価であり、納得がゆかない。


[書物]断片的なものの社会学


断片的なものの社会学

断片的なものの社会学


岸政彦著『断片的なものの社会学』(朝日出版社,2015)は、紀伊国屋じんぶん大賞に選出された。著者は、一般的な生活者からの生活史の聞き取りを中心とするいわばフィールドワークを専門とする。


『断片的なものの社会学』は、調査から論文にできなかった事例を集めた内容になっていて、読み物として、社会学を超えているところが、受賞の要因だろうか。


2日ほどで読み終えたが、とりたてて新鮮な印象を受けるということもなかった。人生生きていれば、様々な体験をする。おそらく、著者・岸氏にとって4年間の日雇い肉体労働の経験が大きいのだろう、と推測する。でも多くの人々は労働することをなにほどか経験している。肉体労働を、記録するとすれば著者のような聞書きにあるのだろう。


同化と他者化 ―戦後沖縄の本土就職者たち―

同化と他者化 ―戦後沖縄の本土就職者たち―

街の人生

街の人生

*1:実際に「NDLサーチ」で検索すると、「東大闘争資料集/68.69を記録する会 23冊」の所蔵が表示される。

*2:別冊として、「東大闘争資料集 別冊/68.69を記録する会 編 5冊 内容:no.1〜no.4 東京帝国大学農学部学徒動員関連書類 no.5 戦時下における東京帝国大学総長告示」のように書誌記述された所蔵(請求記号:YP4-57)が示され、本館書庫に納本されている。もちろん本編とも、一般の人も利用可能になっている。