ヒアアフター
スピルバーグ製作、クリント・イーストウッド監督作品『ヒアアフター』(Hereafter, 2010)を観てきた。期待以上の素晴らしいフィルムになっている。リゾ−ト地で津波に襲われ臨死体験をした女性ジャーナリスト・マリー・ルレ(セシル・ドゥ・フランス)、双子の兄弟で兄を事故で亡くし喪失感から立ち直れない小年マーカス、死者の声を聞くことができる霊能力を持つことで悩む青年ジョージ(マット・デイモン)。
ヒア アフター ブルーレイ&DVDセット(2枚組)【初回限定生産】 [Blu-ray]
- 出版社/メーカー: ワーナー・ホーム・ビデオ
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三人の出会いに向けて物語が収束して行くのだが、パリ、ロンドン、サンフランシスコの場所の表わしかたが、ロンドン橋であり、エッフェル塔であり、ベイ・ブリッジであるわけだが、それらの光景は、押さえられた色調によって、いわゆる観光スポット的撮り方とは全く異なる、大変魅力あるフィルムとなっている。このあたり、映像トーンの抑制は、いかにもイーストウッドらしい。
まずは、冒頭の東南アジアらしきリゾート地での津波シーンが、恐るべきスピード感とともに圧倒的な迫力で始まる。恋人(ティエリー・ヌーヴィック)と楽しんでいたマリー・ルレが、土産物を買いにホテルから地上に降り、現地の人びとと会話を交わしていると突然、襲いかかる波の怖さは、地球滅亡だの、世界の終末だのパニック映画が多いなかでも、出色の仕上がりである。
導入部に、マリー・ルレの恐怖体験を置き、津波事故に遭遇後パリに帰ると、著名人のインタビュー番組を従来どおり担当するが、臨死体験がトラウマとなり、うまく対応できない。TV局の恋人から一時的な休暇を進められ、本の執筆に専念する。マリーの体験だけでも一本の映画が可能だが、三人が抜き差しならない極限状況におかれたことで、ドラマの終局が、名状しがたい救済感を体験できるのである。
ロンドンのマーカス少年は、双子の兄とアルコール中毒の母の三人暮らし。兄弟はお互いを自身の分身のように、二人が相互補完的に母を助けながら生きてきた。ところがある日、母親から医者の処方箋を持って薬を買ってくるように頼まれた双子は、弟は宿題ができていないと、兄が買い物に行く。途中から携帯電話で双子兄弟特有の親しさを表しながら、買い物を済ませる。弟と会話を交わしながら帰ろうとすると不良たちにからまれ、逃亡しようとした兄は、走り出しした途端に、トラックに跳ねられる。携帯で一部始終を聞いていた弟は、現場に駆け付けると兄は既に死亡していた。一体として生きてきたマーカス少年は、兄の不在・喪失に耐えられない。アルコール中毒の母と離され里親に預けられるが、どう生きていいの分らず苦しむ。
一方、ロスアンゼルスに住むマット・デイモンは、少年時の事故により、かつては死者の声を聞く霊能者として兄とともに生きてきたが、死者の声が聞えることの苦しみから、単純作業の仕事を選び、平凡な生活を送っていた。兄に一度だけと懇願され、ギリシア人の亡妻の霊を呼ぶことに同意したことがきっかけとなり、その苦痛による孤独に悩まされることになる。彼は、ディケンズが好きで、作品の朗読テープをいつも聞いている。
ジョージは、気分転換のため料理教室に通うと、メラニー*1という女性に出会い、お互いに魅かれるが、ジョージの特殊な能力を知り、彼女自身の霊的体験を希望する。ジョージは知りすぎない方が良いと諭すが、メラニーの好奇心が二人を別れさせることになる。
マリー・ルレと少年マーカスが、いずれも霊能者を検索する手段としてGoogleやYouTubeを使用するシーンが印象に残る。
紆余曲折のはて、ロンドンのブックフェア会場に、ジョージはディケンズの朗読を聞くため、イギリスにやってくる。マリー・ルレは、自分の臨死体験をもとに書いた「ヒアアフター」がフランスでは没になったが、ロンドンの出版者からオファーがあり、ブックフェアにて朗読のあとサイン会を催すため、パリからロンドンにやって来る。マーカス少年は、Google検索で、ジョージがかつて霊能者であったことを知っている。この三人が遭遇するのは時間の問題である。
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『ヒアアフター』は死後の世界を描くのではなく、困難な状況の前で<生きる>ことを自立的に選択する姿勢を、マリー・ルレ、少年マーカス、ジョージの三人に託している。人間が死ぬ確立は100%であり、誰も回避することができない。死後の世界を彼岸から伝えた者もいない。マリー・ルレがみる闇の中に光があふれ人物の影が浮かぶ光景は、スピルバーグ『未知との遭遇』を想起させるが、それはイメージに過ぎない。イーストウッドは、死後の世界に関心をしめすわけではない。『ヒアアフター』は、生きることに意味を見出すべきことを示唆しているのだ。
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劇的な、しかし静謐な結末に向かって、手際良い映像テクニックが際立つ。クリント・イーストウッド作品として、異色の主題と思われるかも知れないが、愛の主題は、デビュー作『恐怖のメロディ』(Play misty for me, 1971)以来、一貫していることに気づかされる。あるときは西部劇のダーティ・ヒーローとして、またあるときはダーティな警察官として、そして『ペイルライダー』は、幽霊が牧師ガンマンとして帰ってくる話だった。主演最後の『グラン・トリノ』(Gran torino, 2009)において、弱者のために、自分の命を差し出す。すべての作品に通底しているのは<愛>にほかならない。
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良質なアメリカ映画の伝統を引き継いでいるのは、今や、アメリカの影の部分を撮り続けてきたクリント・イーストウッドであったというアイロニーに、不思議な思いが募る。現役映画監督として、ジャン=リュック・ゴダールと同年生まれの80歳、いよいよ映像に深みが増し、フィクションとしての映画の撮り方を心得ているイーストウッドこそ、真の伝統的であると同時に、革新的なフィルムを作り続けてきた作家であることがフィルモグラフィによって証明されることになった。
『ヒアアフター』は監督クリント・イーストウッドの最高のフィルムであり、早すぎるけれど、2011年度のマイ・ベストワンである。
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*1:ロン・ハワードの娘、ブライス・ダラス・ハワードが演じており、気楽なつもりでマット・デイモンに声をかけるが、自分の父親によって虐待を受けていた事実を突き付けられ、号泣するシーンは秀逸であった。