阿呆者


高橋源一郎からいえば、旧共同体に属するであろう車谷長吉『阿呆者』(新書館、2009)を入手。車谷氏は、自己の経験を繰り返し、反復している。本書の中では、「文学の基本」が断然面白かった。


阿呆者

阿呆者

文学の基本として大事なのは「他者性」の問題である。他者とは、決してこちらの思うように動いてくれない(思うようにならない)他人のことである。(p.23)


「小説になる・ならない」はどういうことか煩悶した。車谷氏によれば、「文学的場所(トポス)」が現われているかどうかである、という。石川桂郎『蝶』をほぼ全文引用し、

文学においては「非日常的な時空間」を作りだすことが大事なのである。(p.41)


文学に向いている人・向いていない人の問題について、

世の中には、四種類の人間がいる。「頭のいい人」「頭の悪い人」「頭の強い人」「頭の弱い人」。「頭のいい人」とは、恥や外聞を気にし、なり振りをかまって生きている人。すなわち打算的人間。この手の人は、大学助教授・教授に多い。「頭の強い人」とは、恥や外聞を気にせず、なり振りかまわない生き方をする人、利害損得の計算をしない人、この種の人が一番、文学に向いている。(p.41−42)


いかにも、自らの生き方を「阿呆者」と規定する車谷長吉らしい。その車谷長吉が評価する作家の短編を集めたのが、『文士の意地(上・下)』(作品社, 2005)になるだろう。佐藤春夫森銑三永井龍男幸田文石川桂郎たちの短編が採録されている。


文士の意地〈上〉―車谷長吉撰短編小説輯

文士の意地〈上〉―車谷長吉撰短編小説輯


高橋源一郎のいう同じ共同体のひとたち。わたしには、この共同体の作家の短編に様々な文体、文章の味わいを感じる。そして「非日常的空間」の出現に親しみが持てるのだ。*1それでも、OSを更新しなければならないのだろうか。古いOSに捨てがたい味わい深い文章がある、と思うのだが。


文士の意地 下―車谷長吉撰短篇小説輯

文士の意地 下―車谷長吉撰短篇小説輯

*1:『文士の意地』収録短編群は、日を改めて書いておきたいと思っている。