アキレスと亀


無表情のビートたけしが、妻樋口可南子に支えられ川沿いを歩くシーン。北野武監督『アキレスと亀』(2008)は、芸術の評価の基準の曖昧さと、「芸術」にとりつかれながら主体性を持たない一人の男の半生を実にシニカルに捉えたフィルムになっている。


アキレスと亀 [DVD]

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子供時代の真知寿・吉岡澪皇は、銀行経営で豊かな父・中尾彬と義母・筒井真理子に支えられ、絵が好きな少年としてお坊ちゃん生活を送っていた。父親は、画商・伊武雅刀に翻弄されながも、息子の画才を認められ喜ぶが、突然銀行が倒産し、一家離散、父は芸者と心中し、母は真知寿を叔父・大杉漣のもとにあずけると、自殺する。


3-4x10月 [DVD]

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金持ちのぼんぼんから、貧乏な子供に転落しても、絵を書くことはあきらめない真知寿は、青年期を柳憂怜に交替し、仕事先には芸術家を志向する真知寿に憧れる女性・麻生久美子がいた。美術学校に通う柳憂怜は、仲間たちと様々な前衛芸術に挑戦して行くが、成功することはない。


TAKESHIS' [DVD]

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中年期の真知寿は、ビートたけしが、妻は樋口可南子が引き継ぐ。たけしが描く絵を、画商・伊武雅刀の息子大森南朋がアドバイスしながらも、ここごとく芸術以前であることを指摘し、示唆されたとおりの作品を次々と妻の助けを得て制作して行く。しかし、どの作品も芸術的作品として認められない。無表情のたけしの顔は、芸術に向って無謀な行為でたわむれているように視える。何が芸術なのか。前衛芸術の場合、その定義はきわめて困難となる。芸術の定義の不可能性を提示しているという点において、『アキレスと亀』の存在価値はきわめて高いという逆説。


監督・ばんざい! <同時収録> 素晴らしき休日 [DVD]

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北野武自ら、『TAKESHI'S』(2005)、『監督・ばんざい』(2007)と本作『アキレスと亀』を「作品の興行成績などに関係なく作り続ける、という結論で三部作」と述べている。いわゆる商業映画と一線を画したフィルムとなっているが、極論すれば、この三部作は良くも悪しくも「北野武」というブランド名が刻印された個人フィルムになった。率直に言ってメタレベルでの映画論として観る以外に、映画的イメージとは乖離していると言わざるを得ない。個人映画三部作を撮ることで、北野武が今後どのように変容するかが問題である。日本映画のトップランナーとして北野作品は世界から注目されている。


ソナチネ [DVD]

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三部作は興行的によくなかったし、作品の質もこれまでのたけし作品を凌駕するものではなかった。しかしながら、それでも北野武は映画界の先端を走っている、と私は思う。


北野武監督作品「アキレスと亀」オリジナル・サウンドトラック

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北野・ざんまい! ~北野武監督作品DVD全集~

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