GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊


押井守のフィルムを遡及しながら、アニメ作品は『うる星やつら2、ビューティフル・ドリーマー』(1984)までたどり着いた。いわゆる押井節の原点がこの作品にあったことが分かった。終わらない学園祭前夜、繰り返される前夜祭、何度も反復される行動は、最新作『スカイ・クロラ』(2008)において、永劫回帰する世界に反映されている。押井氏自身の体験から、遅れてきた70年安保=全共闘世代としての逡巡にほかならない。


うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー [DVD]

うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー [DVD]


実写版『紅い眼鏡』(1984)は、のちに『人狼』(2000)に結実することになるプロテクトギアを着用した「特殊武装機動特捜班」のメンバー都々目紅一(千葉繁)の夢と幻想の物語。主人公ががみる夢という設定では、『ビューティフル・ドリーマー』(以下「BD」と略)と同じであり、同じような状況が何度も反復される。シュールというよりギャグっぽい作品になっているが、<夢>を描くには実写よりもアニメが格好だと思うのだが。押井守自身が名づけた「ケルベロス」たちの台湾流浪編が実写第二作『ケルベロス−地獄の番犬』(1991)となった。押井守の実写映画が面白くないのは、アニメ制作の原則を実写に適用しているからだと思われる。


人狼 JIN-ROH [DVD]

人狼 JIN-ROH [DVD]


ケルベロス>二部作は、プロテクトギアを装着して闘うシーンの迫力が見どころだが、第二作『ケルベロス』は台湾の田園風景や、街の雰囲気をドキュメンタリー風に捉えた映像が新鮮であり、ストーリー性を疎外してシーンやショットをみることで辛うじて映画たりえている。<ケルベロス>ものは、沖浦啓之が監督を務めた『人狼』が突出した出来になっている。




押井守の世界は常に二元論で成立している。特に初期作品は<夢>によるシュールな世界が展開される。典型は『BD』と『紅い眼鏡』は、映画そのものが、夢の反復によって構造化されている。近未来を舞台にしたフィルムが多くなるが、基本的に押井守のスタンスはメタ映画である。最も典型的な『トーキング・ヘッド』(1991)で、アニメの制作現場が舞台になっており、文字どおりメタレベルで映画が思考される。押井守が映画、とりわけアニメ映画に対してどのように考えているのかよく分かるフィルムになっている。「映画に物語を持ち込んでしまった歴史」から「実体を失ってしまったキャラクター」が物語を超えなければならない、という考えである。


アヴァロン Avalon [DVD]

アヴァロン Avalon [DVD]


パラレルワールドの代表的作品は『アヴァロン』(2001)であり、ヘッドギアを着けることでゲームの世界に入るアッシュの行動は、ゲーム内と現実世界を往復する。『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』(1995)も典型的なパラレルワールドであり、電脳世界と現実の往還が基本構造であり、そこに草薙素子とバトーの関係が投げ込まれる。


遅れてきた<全共闘世代>を強く意識する押井守は、原作・脚本のみに徹した『人狼』(2000)の伏と少女の関係に童話「赤頭巾ちゃん」に託して、過激派がテロ化する社会を9.11以前に観客に差し出した。その先見の明には敬服する。


御先祖様万々歳!! コンプリートボックス [DVD]

御先祖様万々歳!! コンプリートボックス [DVD]


押井守の資質が一番よく表れているのが『御先祖様万々歳!』(OVA,1989)であろう。原作・脚本・監督を押井守がコントロールしたアニメとして、いわゆる押井節が強度に発揮された快作である。全6話からなるDVDオリジナル作品として、押井の究極の仕掛けがみえる。平凡な日常生活を続けていた四方田家に突然、未来から長男犬丸の孫と称する磨子がやってくる。<裏・うる星やつら>ヴァージョンといわれる所以は、ラムが宇宙からきたのではなく単なる詐欺師だと仮定すれば・・・麿子の存在そのものの曖昧性が浮き彫りにされる。押井作品の常連=主人公側と対立する人物・室戸文明(『紅い眼鏡』『機動警察パトレイバー』『人狼』など)が、四方田家に麿子の監視役として登場する。一方、母・多美子は家出し、探偵多々良伴内の助けを得て、麿子の実体に迫ろうと画策する。


MAROKO 麿子 [DVD]

MAROKO 麿子 [DVD]


映画版『MAROKO 麿子』(1990 )は、四方田犬丸*1の視点で6話分180分を90分に編集しなおした作品で、犬丸が生き続けて結婚をし子供をもうけない限り、麿子の存在はありえないわけでラストシーンにおける犬丸の死の予兆は、麿子の存在を照射している。ま、それはともかく、母・多美子の家出により四方田家の崩壊を父・甲子国に宣言する犬丸のセリフ

すでに四方田家は、非日常的空間に突入しているんだ。もう今までの理論的なホームドラマは通用しないんだよ父さん。これからは、たとえ親子といえどもギリギリの人間性をむきだしにして互いの欲望をぶつけあうヘビーなドラマが始まるんだ!

この台詞に、アニメ・ホームドラマ・演劇の解体をしてみせるという意気込みが表出されている。押井守の傑作と言っても過言ではない。


GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊 [DVD]

GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊 [DVD]


しかしながら、押井守の最高傑作は『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』(1995)になる。情報化が進んだ近未来社会における、人間としてのアイデンティティに言及されている畏怖すべきフィルムだ。もちろん映像的には続編『イノセンス』(2004)がはるかに精密に描かれるが、内容的には続編の域を出るものではない。


ほぼ押井守の作品を遡及的にみてきて、私なりの好みでリストアップするなら、次のようになる。


押井守作品・極私的ベスト5>
1.『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』(1995)−情報化・電脳化社会のなかでアイデンティティを問題とした傑作!!
2.『御先祖様万々歳!』(OVA,1989)−ドラマトゥルギーへの理論的・ギャク的疑義が満載されている快作!
3.『アヴァロン』(2001)−実写とアニメの融合ここに極まれり!
4.『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』(1984)ー<夢>による物語の外へキャラクターが跳び出す!
5.『トーキング・ヘッド』(1991)−映画に関する映画論を映画館という舞台で展開した見事な「メタ映画」!


機動警察パトレイバー劇場版』(1988)も、映画全体を「死者」(天才エンジニア=帆場映一)が支配しているという設定のメタレベルにおいて、突出しており、「ベスト5」に入れてもおかしくはないのだが、ここは敢えて『トーキング・ヘッド』を入れていることを申し添えておきたい。なお押井守氏の『パトレイバー』への思いは意外に熱く、パロディ『ミノパト』(2002)まで、撮っていることに驚いた。『ミノパト』こそが、押井守氏の映画への愛にほかならない。


ミニパト [DVD]

ミニパト [DVD]


イノセンス』は、人間がサーボーグ化し脳のみで思考し、行動するいわば人間としての限界を描いており、脳の記憶(バトーによる草薙素子の記憶)によってかろうじて関係が残っている。いってみれば逆・身体論として読むこともできる。背景描写がアニメとして表現可能な大量の情報を書き込んでいる点でも稀有の作品だ。『トーキング・ヘッド』と入れ替え可能なフィルムとして、この二作品をあげておいて、押井論をひとまず宙吊り*2にしておきたい。


イノセンス スタンダード版 [DVD]

イノセンス スタンダード版 [DVD]

押井守 (文藝別冊 KAWADE 夢ムック)

押井守 (文藝別冊 KAWADE 夢ムック)

*1:四方田犬丸とは、あの大学教授・映画評論家の四方田犬彦を意識した名前と想定される。押井守の犬好きは有名である。父の名の甲子国は、甲子園からか。母は多美子、平凡な名前。犬丸の孫、父の名は犬麿と称する麿子の出現。すべてが虚構の極みで謎めいている。四方田家は、その内容に見合う実に面白い設定だ。

*2:「宙吊り」とは『スカイ・クロラ』(2008)の評価が定まらないので、この時点では除外している。