ハッピーフライト
やむを得ない事情がないかぎり飛行機には乗りたくない。仕事上の出張や、自ら望んで行く旅行以外では、飛行機は避けたい乗り物だ。私たちが飛行機に乗るとき、せいぜいCS(キャビンアテンダント)の女性たちや、地上勤務のGS(グランドスタッフ)の女性たち、いずれも制服を着て首にスカーフを巻いている美しい女性たちと対面するくらいだ。
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矢口史靖『ハッピーフライト』(2008)は、飛行機が飛ぶために裏側で働いている人々をグランドホテル形式で描いた傑作であった。もちろん、あの『ウォーターボーイズ』(2001)、あの『スウィングガールズ』(2004)の監督であるから、期待度も高くなる。その期待を裏切らない見事なできばえに仕上がっている。
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『ハッピーフライト』とは何よりも、仕事に対するプロ意識の映画である。飛行機を目的地へ無事に到着させること、乗客をいかに快適な気分にさせるか、表方も裏方も関連部署もすべてが飛行機と乗客の安全に集中される。この映画には主人公がいない。
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副操縦士の田辺誠一、機長の時任三郎のコックピットコンビのやりとりのおかしさ。国内線から今回が初めての国際線のフライトになるCSの自然派・綾瀬はるか、先輩格の吹石一恵、チーフパーサーの寺島しのぶ。我儘な乗客・菅原大吉への応対や、食事サービスをめぐるトラブル。飛行機が離陸した羽田に戻るとき、寺島しのぶは凛とした態度で部下を指示し、乗客へのアナウンスもしっかりしている。
地上部隊は、グランドスタッフで退職希望の田畑智子に、上司の田山涼成がビジネスの基本を説く。乗客が間違った荷物を、走って倒れてでも追いかけて行く。その根性には仕事への忠実感が漂う。オペレーションセンターでは、コンピュータ化について行けない岸部一徳と、無線担当の肘井美佳。飛行機の整備を担当する田中哲司と、新人の森岡龍。それに国土交通省に所属する管制塔の公務員たちが加わる。
これまでの矢口作品の要の位置にいた竹中直人は、今回はエンディングロールで、その後のGS田畑智子に導かれ、空港内を走る姿が映される。
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かつてアメリカ映画に、空港パニックものがあった。しかし、それらのフィルムでは空港や飛行機に係る人たちの仕事内容にまで踏み込んでいなかった。その点でも、『ハッピーフライト』は現場を生き生きと再現している。
パニック映画でもなく、ラブストーリーもないけれど、個人個人の働きが大きな組織として機能すること、これこそまさしく、ビジネスの基本ではないか。矢口史靖のフィルムは、常に集団を描いてきた。前二作が高校生が主役だったが、空港を舞台にした『ハッピーフライト』は、航空映画であるとともに、ビジネス、つまり仕事とはどんなものかを、現場をとおして見せてくれる。ホノルル行きの飛行機は、トラブルが原因で羽田へ引き返す、換言すれば目的地に着かない映画なのだ。無事羽田空港へひきかえし、安全に着陸することが目的に変わったのであり、関係するスタッフたちは、その変化を察知し、臨機応変にそれぞれの立場で目的を果たす。
ビジネスのハウツー本を読むより、この映画一本が見せる内容は、「仕事」の本質を見事に語っておりきわめて有用である。
- 作者: 矢口史靖
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もちろん、ビジネスのノウハウを知ることは結果論であり、映画そのものは大変楽しく観るようにできているので、楽しみながら、仕事のプロフェショナルとは如何にあるべきかを同時に学ぶことができる稀有なフィルムになっている。
- 作者: 矢口史靖
- 出版社/メーカー: メディアファクトリー
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- 作者: 矢口史靖
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