RURIKO


林真理子の実名フィクション『RURIKO』(角川書店、2008.5)を読了。満州時代、父源二郎が満映甘粕正彦と出会い、娘の信子ちゃんを必ず女優にしてくださいと、約束するシーンから、浅丘ルリ子物語は静かに始まる。


RURIKO

RURIKO


戦後、映画の全盛期、日活のプログラムピクチャーは、石原裕次郎小林旭たちアクション俳優の相手役として女優は常に映画の中では単なる添え物的な脇役にすぎなかった。その中でもひときわ際立った美形の女優がいた。芸名・浅丘ルリ子である信子であった。


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もちろん、『RURIKO』は著者・林真理子の取材に基づいた「実在の人物をモデルに書かれたフィクション」と記されているが、どう読むかは読者に委ねられている。女優として一種の透明性をもつ稀有な存在である浅丘ルリ子は、映画のイメージとは異なり、濃厚な恋愛を繰り返すが、「結婚」という形式に縛られることなく、美形を武器に自己の欲望に忠実に生きているとすれば、驚くべき衝撃となる。



その出会いから死に至るまで、信子が本当に愛したのは石原裕次郎であり、妻となり未亡人となった北原三枝への嫉妬と羨望から一種の諦念に落ち着くまでの心的葛藤があったことが、信子を女優として成長させた。


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小林旭との恋愛と大スター美空ひばりの登場は、この物語のもうひとつの核となる。大スター美空ひばりの栄光と孤独は、本人からの電話という手段を通して、刻々と信子に伝えられる。スター神話を日常的次元から視たフィクションが『RURIKO』にほかならない。


テレビのスターである兵ちゃんこと石坂浩二は、彼女の前ではひとりのインテリ俳優以上ではなかった。演劇のみならず、さまざまな事柄に造詣が深い知識人としての石坂浩二が、ルリ子にとって魅力がないと映ったのは、住む世界の差異への同化の困難さを象徴するものである。


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本書に登場するスターは、「宿命」を帯びていてその「宿命」から逃れられない。しかし、信子一人は、

自分は彼らのようににはならなかったし、なれなかった。大女優、スターといわれてきたけれども、信子は彼らのように宿命を背負うところまではいっていない。(p.327)

と作者は書いている。


映画の黄金時代すなわち撮影所システム全盛の時代から、そのシステムが崩壊しても女優として生き残ってきた信子は、単なる美人女優から『男はつらいよ』のリリー役に代表されるような気風のいい役者として、映画・TV・舞台に輝き続けている。私の関心は、信子より影の主役である美空ひばりに関心を抱いた。


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美空ひばりのCD『オリジナルベスト50~悲しき口笛,川の流れのように』(コロムビアミュージックエンタテインメント、1996)はシングル発売時のオリジナル録音で構成されていて、ディスク3枚のうち、特に1枚目が若々しく歌手として様々なジャンルを唄いこなせる実に偉大な存在であったかを知らされた。


"オリジナルベスト50?悲しき口笛,川の流れのように"


「東京キッド」に始まり「越後獅子の唄 」「私は街の子」「リンゴ追分」「お祭りマンボ」 「ひばりのチャチャチャ」 「港町十三番地 」「浜っ子マドロス」にいたる18曲の素晴らしさにうっとりさせられた。言うまでもなく、ディスク3の「悲しい酒」や最後に置かれた「川の流れのように 」の巧さは付け加えるまでもないだろう。これまで 美空ひばりといえば、嫌味な演歌歌手の印象が強く、ほとんど聴くこともなかったが、本書を読み、CDを購入してみて、歌手としては不出世の偉大な存在であったことを再認識させられた。と同時に、大歌手の「宿命」にも思いを重ねざるを得なかった。


ジャズ&スタンダード

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評伝には定評のある林真理子が、現役で活躍している女優を対象に取り上げた点で、実に勇気ある試みであり、戦後映画史の裏面を押さえながらも、大歌手・美空ひばりに焦点をあてたことは、この作品の大きな成果になっている。


この一ヶ月間、ブログの更新ができなかったのは、仕事がらみの些事で「読書」が進捗しなかったからで、仕事関係の膨大な文書を自宅で作成しなければならないことは、私にとって不自然なことであり、購入する図書が蓄積される一方で、読む時間がないことはストレスそのものとなっていた。林真理子のフィクション『RURIKO』は、いくぶんストレスの解消になったことに感謝している。この7月でブログを開始して4年を迎える。いま、しばらくは継続したいと思っている。


浅丘ルリ子の代表作

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