ノーカントリー


ジョエル&イサーン・コーエン『ノーカントリー』(No Country for old men, 2007)も、畏怖すべきフィルムだった。コーエン兄弟のフィルムの中でも傑出した仕上がりになっている。ベスト作品と言ってもいいだろう。それは何よりもハリウッド映画のルールから逸脱しているラストシーンに象徴されている。


ノーカントリー スペシャル・コレクターズ・エディション [DVD]

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冒頭テキサスの自然風景を背景に、保安官のことばが語られ、一見平和そうな光景から、慄然とする世界へ変容して行く。偶然に大金を見つけた男ジョシュ・ブローリンは、その金を持ち逃げする。しかし、殺人鬼ハビエル・バルデムに、逃げても逃げても追われる。ハビエル・バルデムは、金を盗んだ男を追う途中で、遭遇する人たちを何の理由もなく殺して行く。圧縮ボンベのような銃で次々と殺人を繰り返す。そこでは感情だの倫理意識だの復讐などの、もっともらしい理由や動機は一切排除されている。


血と暴力の国 (扶桑社ミステリー)

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不条理な殺人鬼ハビエル・バルデムとは何者なのか。彼を追う保安官トミー・リー・ジョーンズは、殺し屋を追うが容易に姿を捉えることができない。


金銭と生と死。殺人鬼ハビエル・バルデムとは神の裏返しではあるまいか。

一般的に映画では、善人が悪人に勝つ。とりわけハリウッド映画における暗黙のルールがある。『ノーカントリー』は、善悪に関係がない。理由なき殺人の恐怖が観る者を戦慄させる。


ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』と『ノーカントリー』に共通する主題とは、極論すれば「資本主義とキリスト教」の対立あるいは融合と離反。神の不在を象徴する畏るべきフィルムだった。