監督・ばんざい!
北野武『監督・ばんざい!』(2007)を観る。暴力映画を封じられた監督・キタノタケシが、まず小津安二郎風の「定年」を撮る。ビートたけしが定年を迎え、バーのマダム入江若葉のお勺で日本酒を呑み、帰宅。家では妻・松坂慶子が待っていた。娘の木村佳乃の帰宅が遅いことを心配する。モノクロ画面は一見、小津安二郎の映画にみえる。がしかし、そもそも小津が定年をテーマにするわけがない。60歳の誕生日に他界した小津安二郎と、60歳を迎えて『監督・ばんざい!』を撮る北野武に接点はない。一本でも小津安二郎の映画をみればわかること。
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小津映画の「ことば」については、中村明『小津の魔法つかい』(明治書院、2007)が面白い。
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キタノの二作目はラブストーリー「追憶の扉」。内田有紀が三役を演じ分けているが、実にいい味を出している。女優としての素質ありとみた。三作目「コールタールの力道山」は、昭和30年代を北野風に描きこの方向に北野武の次回作を期待させる。四作目「青い鴉、忍PART2」は、時代劇だが『座頭市』の二番煎じ。五作目「能楽堂」は、ホラー仕立てだが、意味もなく水着の女性やブルマをはいた女生徒が登場する。
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さて、第六作目SFスペクタクル「約束の日」が始まると、途中から岸本加世子と鈴木杏・母子が、ドラマの中心になって行く。荒唐無稽、出鱈目のオンパレード。キタノタケシの「遊び」が満載といったところか。『TAKESHIS』(2005)が一種メタレベル次元の自己相対化であったとすれば、本作はもはや、メタレベルではない。北野武の映画観が反映されている。好むと好まざるにかかわらず、「映画とは何か」を観る者に問いかけてくる。
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新劇俳優・江守徹を、喜劇役者としてここまで徹底してコケにするとは驚きだ。短編が基本だから、多くの俳優が出演しており、豪華喜劇映画になっている。しかし、はっきり言って面白くない。もちろん、思わず笑ってしまうシ−ンもあるけれど、脚本ができていない。*1
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率直にいえば『監督・ばんざい!』は評価できない。北野武フィルモグラフィの転換点になるのだろうが、この作品自体は失敗作になってしまった。ラストの地球爆破は、このフィルムを全否定しているわけで、何より監督自らがこの映画を破壊している。映画は、監督の自己満足で終わるべきではない。観客が観てはじめて映画として成立するのだ。北野武は、監督としての自己をみつめるが、映画を観る観客を疎外している。映画を作る過程を楽しんでいるのはわかるが、それがたとえばフェリーニの『81/2』とは逆立ちした位相にある。フェリーニは人生の転機で、『81/2』を撮った。北野武もその点は同じかも知れない。しかし、『81/2』はストーリーを排して状況を捉えたメタ映画であり、フェリーニは表現方法そのものに挑戦している。
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北野武は、映画の存在を自明として、自分の様々な可能性を見せようとする。そこに一種の傲慢さを感じてしまう。つまり本来メタ映画であるべき『監督・ばんざい!』は、メタ映画にさえなっていない。映画以前の断片に過ぎない。『監督・ばんざい!』は、フェリーニよりも体質的にはウディ・アレン『スターダスト・メモリー』(1980)と比較すべきかも知れない。喜劇役者から映画監督へという経歴から、北野武はウディ・アレンに似ているといえよう。もちろん、作る映画が自虐的に自己表現するウディと、暴力を通した破壊志向の強いタケシでは、フィルムの感触が全く異なる。にもかかわらず、私には『監督・ばんざい!』が、『81/2』ではなく『スターダスト・メモリー』なのだと思えてくる。
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