三つ数えろ
ハワード・ホークス『三つ数えろ』(1946)は、レンモンド・チャンドラーの原作「The Big Sleep」を映画化したのだが、ストーリー展開、特に人物関係が分かりにくいので有名な作品。にもかかわらず、マーローに扮したハンフリー・ボガートと富豪の姉娘ローレン・バコールの共演によって、観るものをわくわくさせる刺激的なフィルムになっている。何度観ても面白い。
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ボガートの前に美女が続々登場することでも、『三つ数えろ』は幸福なフィルムだ。書店に立ち寄るとメガネをかけた女性が応対にでる。ボガートがポケットからウイスキーを出すと、コップを二個出し、メガネをはずすと、すごーい美女に変身する。この作品がデビューとなるドロシー・マーロンだ。また、ボガートが追跡のためにタクシーに乗ると、なんと美人の運転手(ジョイ・バーロウ)がいるではないか。タクシーを降りるときには、「用があるときは、また電話してね。夜がいいわ」と笑顔で答える。
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DVD特別版では、1945年版と1946版の違いが示され、主に『脱出』(1945)公開直後のローレン・バコールの出演シーンを追加撮影している。二つの版を比較してみて、1945年版の方がストリー展開を理解しやすい。あえて分かりやすさを廃棄しても、映画的な流れを重視したのが、現在観る1946年版であり、ホークスの意図がどこにあったかが視えてくる。人物関係を無視したドラマでも、作り方如何で優れた作品を生み出す見本のようなフィルム。ヒッチコックとともに映画つくりの巧さでは定評があり、失敗作が一本もないのはハワード・ホークスくらいだろう。
ハワード・ホークスは、コメディから、フィルム・ノワール、ミュージカルや西部劇などあらゆるジャンルの作品を撮り、すべてが傑作であるという稀有のシネアストといっても過言ではない。
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ところで、ホークスを語ることは容易ではない。たとえば、小津やヒッチコックの場合映像やスタイルに言及することで、その特質を際だたせることができるけれど、ホークスの映像やスタイルにどんな特徴があるのか、いや明らかな特徴を持たないことが、彼のフィルムではなかったか。およそ、構図だの、映像美学とは無縁の作品を撮ってきた。 誰もがまず『リオ・ブラボー』(1959)の楽しさを想起するだろうし、『三つ数えろ』に見ることの愉悦を、また『ハタリ!』(1962)の痛快さを、映画思想などとは無縁の、映画が本来的に持つ眼の快楽を刺激しつづける装置として、ホークス的世界を経験してきたのだった。
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たしかにホークスの多くのフィルムは、娯楽作品と呼ばれ、失敗作というものがない。すべてがハッピー・エンドで終わっている。(『暗黒街の顔役』は例外として) ホークスは、自らの作品を平気でリメイクしてみせる。『教授と美女』(1942)をミュージカル版『ヒット・パレード』(1948)で反復したり、『リオ・ブラボー』三部作と呼ばれる『エル・ドラド』(1967)『リオ・ロボ』(1970)に至っては、ほとんど同じ内容を模倣している。
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ハワード・ホークス的世界とは、なによりもプロフェッショナルの世界であり、自らの仕事に誇りを持つ男たち=女たちの物語であった。『リオ・ブラボー』三部作と『ハタリ!』は、ジョン・ウェインを中心に仲間たちがそれぞれの持味を生かしながら、敵を倒したり、猛獣狩りを成功させるお話だった。『ヒズ・ガール・フライデー』(1940)では、ロザリンド・ラッセルが新聞記者とは、どうあるべきかを、洗練された服装や毅然とした行動力が様式化された美学に迄昇華されている。上司で別れた夫ケーリー・グラントは、結婚しようとするロザリンド・ラッセルを引き留めるために、様々な作戦を仕掛ける。気がついたら第一線記者としての行動をとっていたロザリンド・ラッセルは、今でいえばキャリア・ウーマンの先駆者であった。『ヒズ・ガール・フライデー』は、のちにビリー・ワイルダーによって『フロント・ペ−ジ』(1971)としてリメイクされたことは映画ファンには周知のことだろう。
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キャサリン・ヘプバーンが、考古学者ケイリー・グラントを結果として捕まえる『赤ちゃん教育』(1938)は、スクリュー・ボール・コメディの頂点であろうし、ハンフリー・ボガートとローレン・バコールの最高のコンビネーションは、『脱出』と『三つ数えろ』の二本につきる。ゲイリー・クーパーの唯一のコメディが、『教授と美女』であり、ほかの誰がクーパーにこのような演技を強制できよう。
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ハワード・ホークスは、つねに俳優から最良の演技を引き出していることは、もっと評価されてもよい。ジョン・ウェインは、ジョン・フォードによって発見され育てられたが、彼の持味を生かしたのは『リオ・ブラボー』だろう。キャロル・ロンバードは、ルビッチの『生きるべきか死ぬべきか』(1947)で官能的なコメディエンヌぶりを披露したが、未見の『特急二十世紀』(1937)こそが彼女の最高傑作であると信じたい。ヒッチコックの『スミス夫妻』にも、キャロル・ロンバードは出演しているけれど、ミステリーというジャンル以外のヒッチには彼女の魅力を十分引き出せなかった。
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とりたてて著名な俳優を使っていない『ピラミッド』(1955)が、単なるハリッド製歴史劇などではもちろんありえない。カラー超大作にしては、衣装や装置があまりに簡素でシンプルなのは、美術監督アレクサンドル・トローネが、ピラミッドが閉ざされてゆく謎そのものに焦点を絞った成果であって、これもホークスならではの起用であった。
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ハワード・ホークスをスクリーンで見ることが、私のささやかな夢であり、21世紀の今こそ、正当に評価されるべき作家である。ホークスは、ヌーヴェル・ヴァーグによって発見されたが、20世紀の思想や文学が相対化されて、はじめて浮上してくる最後のシネアスト、それがハワード・ホークスだと思いたい。
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ハワード・ホークスの伝記として、『ハワード・ホークス―ハリウッド伝説に生きる偉大な監督』(フィルム・アート社、2000)が出版されている。一部読んでみたが、映画ほどの面白さはない。本人が語った『監督ハワード・ホークス「映画」を語る』(青土社、1999)*1が、映画を観るため参考になるし、ホークスのホ−クスたる<語り>を堪能することができる。
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