みすず読書アンケート2006


各種の読書アンケートで一番の楽しみは『みすず』1/2月号の「読書アンケート」。今年も早速、通読してみる。

アンケートの回答者にもなっている市野川容孝『社会』(岩波書店)を5名の回答者が挙げているのに注目。コメントも充実している。


社会 (思考のフロンティア)

社会 (思考のフロンティア)


◎市野川容孝『社会』(岩波書店, 2006)5名

細見和之(ドイツ思想)氏のコメント

「社会」ないし「社会的なもの」の圧倒的な後退という状況のなかで、そもそも「社会」とは何かという問いを、欧米の社会概念を丹念に掘り起こしながら、じつに粘り強く探求した本。定義の問題になりかねない危うさがはあるが、ここから考えなおすしかないという意気込みに、私は強い感銘を受けた。(p.57)


小松義彦(科学史生命倫理学)氏のコメント

ソ連圏の崩壊とともに日本では次第に消滅しつつある「社会」という理念の復権を宣揚し、「社会的なもの」の実体を思想史的に追及した力作。特に社会主義を超えるものとしての社会民主主義の捉え返しと、その証左としてのローザ・ルクセンブルクとW・ベンヤミンの思想的関係の分析が秀逸。(p.65)


市村弘正(思想史)氏のコメント

「社会的なもの」という概念の現在と、その系譜を跡付ける労作。いくつも教えられたが、この概念の物語と私たちにおける「社会的なもの」との隔たりは、どのように繋げばよいのだろうか。(p.83)


栗原彬(社会学)氏のコメント

近年、社会学では評判の悪い「社会的なもの」を書き替え、救い出す労作。「価値自由」によって「社会的なもの」について行われた「社会的忘却」の歴史を丹念に洗い直すことによって、価値をむしろ理念として目指す、受苦の人々に希望を与えるもう一つの社会学の身振りが見えてくる。(p.85−86)


三島憲一(ドイツ思想)氏のコメント

これも久しぶりにすばらしい本。目から鱗であるとともに、大いに共感するところが多い。ぼんやり考えていたことを明確にしてくれた、ということだろう。日本の左翼が社会福祉国家体制を嫌った過去を、戦前の日本やヨーロッパにおける「社会的」の意味を説き起しながら批判的に扱うのが、一つの目的であろう。・・・(中略)・・・ヨーロッパの議論もアメリカ経由でしか消化できない若手政治学者や社会学者がさまざまな「リベラリズム」に狂奔している現状がある。しかもそれらは大学の枠を超えていかなる「社会的」影響も生み出していない。そうした事態を念頭に置きながら著者は、どうして「社会的」が消えたかの過去を抜きに議論していては、かつての丸山の日本思想批判の通りになってしまう、と警鐘を鳴らす。・・・(中略)・・・現在の流行の議論に飛びついているだけでは(それも必要なのだが)満足できないし、原書講読的な古典研究にはあきたらない社会思想関係の読者の必読の書である。(p.100−101)


丸山眞男がつとに指摘した「タコツボ文化」のなかに、換言すれば大学というアカデミズムの狭い世界での研究が、外部へ影響を与えていないということだ。一方で、超一流大学を別にすれば、大学が定員割れを危懼し、もっぱら経営的戦略が優先される傾向がある。内田樹氏が指摘していたように、「下流志向」とは、「教育の危機」であり、「学問の危機」でもある。現代思想が、狭い領域でますます難解さを加速させているのは、じつにアイロニカルな現象である。敢えて厳しい言い方をすれば、学者・研究者の自己満足が、高度資本主義社会で狭隘なアカデミズムのなかに埋没しているのが現状ではないのか。


丸山眞男回顧談〈上〉

丸山眞男回顧談〈上〉

丸山眞男回顧談〈下〉

丸山眞男回顧談〈下〉


◎松沢弘陽・植手通有/編『丸山眞男回顧談(上・下)』(岩波書店)4名
これは予想どおり。


西洋哲学史―古代から中世へ (岩波新書)

西洋哲学史―古代から中世へ (岩波新書)

西洋哲学史―近代から現代へ (岩波新書)

西洋哲学史―近代から現代へ (岩波新書)


熊野純彦『西洋哲学史』(岩波新書)2冊  4名
新書版でこれほど評価が高い本もめずらしい。

以上のように、岩波書店から上位3点があげられている。


その他に、3名があげているのは、斎藤環『生き延びるためのラカン』(パジリコ)、川西政明武田泰淳論』(講談社)、ドゥルーズ『シネマ2』(みすず書房)など7点あるが、長谷川郁夫『美酒と革嚢 第一書房長谷川巳之吉』(河出書房新社)が取り上げられ、その評価がきわめめて高いことは出版や本を考えるとき、注目に値する。


美酒と革嚢 第一書房・長谷川巳之吉

美酒と革嚢 第一書房・長谷川巳之吉


渡邊一民氏は、『美酒と革嚢』について次のように記している。

震災直前に誕生し敗戦一年まえに店仕舞いした、瀟洒な造本で一世を風靡した出版社の歴史を、あくまでも著者の出版社としての視点から描き出し、全体としてたんなる文壇裏面史とは異なった、時代の流行や国策と企業としての出版とのかかわりあいまで分析するユニークな戦前出版史となっている。(p.27)


紅野謙介氏は、著者の長谷川郁夫について、

七〇年代から九〇年代にかけて文芸出版に大きな足跡を残した小沢書店の社主・長谷川さんによる、もうひとりの出版人・長谷川巳之吉をめぐる評伝。・・・(中略)・・・執筆の過程で長谷川氏は自分の出版社そのものを失うことになった。(p.52)

と書き、第一書房長谷川巳之吉と、小沢書店の長谷川郁夫を重ねてみる視点を提示している。


真鶴

真鶴


『みすず読書アンケート』では、通常現代小説がとりあげられることはめずらしいのだが、川上弘美『真鶴』(文藝春秋、2006)が、石原千秋原武史によってリストアップされている。


映画の呼吸―澤井信一郎の監督作法

映画の呼吸―澤井信一郎の監督作法


映画関係本としては、澤井信一郎鈴木一誌『映画の呼吸 澤井信一郎の監督作法』(ワイズ出版、2006)を、山根貞男武藤康史がとりあげている。

話の中心は徹底して「どう撮るか」にあって、映画という表現体の生成過程がドラマティックに浮かび上がってくるのである。「山根氏コメント」(p.53)


ほかにも、私の視野の外にある書物が大量にあり、あまり刺激を受けすぎると困るので、このあたりで留めておきたい。