シンデレラマン


ロン・ハワード監督、ラッセル・クロウレネー・ゼルウィガー主演『シンデレラマン』は、単なるボクシング映画ではなかった。ハングリー・スポーツとしてのボクシングは、よく映画化される。『チャンプ』『ロッキー』など、数えあげればきりがない。サクセス・ストーリーあるいはアメリカン・ドリームと言われる。けれども、実在のボクサー、ジム・ブラドック(ラッセル・クロウ)は、家族のために、いわば労働として「ボクシング」をしたに過ぎない。

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アメリカの大恐慌時代を背景に、裕福な生活をしていたブラドック家の、家具・調度などを捉えたキャメラが移動すると、そこは貧しいアパートに変容している。一瞬にして生活パターンが変わったことを、映像で示す、このあたりは、ヒッチコックが映像で状況説明する手法を、ロン・ハワードは上手く援用している。


『ロッキー』には、ハリウッドスタイルのハッピーエンドが用意されているが、『シンデレラマン』のブラドック家には、常に生活、それも妻と子供たちとの生活が優先される。ブラドックが、日雇いの港湾労働者として働くシーンが、何度も挿入される。ミルクを水で薄めて飲み、自分の食べ物を、子供に譲るシーンなどがあり、やっと、ボクシングの試合に出ることができ、敗北が当然と見られていた試合に勝ち、家に戻ると家族が心配した様子で待っている。試合に勝ったことを報告すると、一家団欒の光景になる。


家族愛・夫婦愛の映画だといっても、ボクシングの試合は、実に迫力に満ち満ちた描写になっている。ラッセル・クロウの優しげな眼、表情が真剣な顔立ちに変化し、リングに集まる観客の雰囲気も伝わる。一旦、落ち目になったときの観客の白々しい様子と、労働者の代表としてスターの王者と闘うシーンでは、観客はラッセル・クロウに惜しみない応援を贈る。


どうも、この種の映画に弱い。とくに、実話として貧しい境遇に落ちたブラドック家の行方に、はらはらさせられ、観る者は感情移入が増幅される。『ロッキー』のように、あるいは『ミリオンダラー・ベイビー』と較べて、練習風景を描くシーンは多くない。『ミリオンダラー・ベイビー』も、女性が生きる手段としてボクシングを選んだ。イーストウッドは、コーチとしてヒラリー・スワンクを厳しく導く。親子に似たラヴ・ストーリーだった。『シンデレラマン』は、家族愛を至上とするラヴ・ストーリーになっている。

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レネー・ゼルウィガーの庶民的な女性役は、この女優の多才な一面を見せてくれる。ラッセル・クロウは、存在感、演技においても申し分ない。二人とも、観客に「感動してください」と熱演しているけれど、少しも押し付けがましくはない。きわめて自然に、1930年代のアメリカ社会の中に居る。


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シンデレラマン』はフランク・キャプラジェームズ・スチュワートのコンビによる映画を想起させる。そう、あの善意に満ちた世界だ。ラッセル・クロウは、ジェームズ・スチュワートが演じた人物そっくりにみえるのだ。『シンデレラマン』がボクシング映画として評価できるのは、練習風景の積み重ねをほとんど描かなかったところにある。フランク・キャプラに通じるのは、ヒューマンドラマに徹したところなのだ。だから、間違っても、練習せずに試合に出ることなどありえないなどと、勘違いしてはいけない。


ロン・ハワードは、エンターテインメントとして撮りながらも、ある種のメッセージを必ず込めている。『アメリカン・グラフィティ』の俳優で出発したが、見事に職人監督になったことを証明するフィルムだ。


『シンデレラマン』の公式HP



ロン・ハワードの監督作品

ラッセル・クロウ主演の天才数学者の病理もの。

・失敗したアポロ計画を敢えて映画化した。

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・SFの概念を逆立ちさせた画期的フィルム、老人が生き生きと輝いていた!

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