コメディ映画の偉大な監督ビリー・ワイルダーの基本は脚本にあった

脚本・監督=ビリー・ワイルダー

 

~「完璧な人間なんて、ひとりもいない」(『お熱いのがお好き』)~

 

~「何よりも重要なのはよい脚本です。映画監督は錬金術師ではない。にわとりの糞から金を作り出すことなんて不可能なのだ。」(ビリー・ワイルダー)~



多くの映画ファンは、ビリー・ワイルダーの映画を絶賛している。主としてコメディ的な演出、その上手さに、感銘を受ける。三谷幸喜など、ことあるごとにビリー・ワイルダーを持ち出す。なぜ、ビリー・ワイルダーは後世の映画関係者や映画ファンをひきつけるのか。

ビリー・ワイルダーは、ナチスから逃れオーストリアからアメリカに亡命した。

映画監督になる前は、映画の脚本を数多く執筆している。エルンスト・ルビッチに『青髭八人目の妻』(1938)『ニノチカ』(1939)の脚本を提供し、ハワード・ホークスには『教授と美女』(1941)の脚本を書いている。『教授と美女』は、辞書を作るために外界から遮断された世界で研究に専念する8人の教授たちの中で一番若いゲイリー・クーパーのもとへ、スラングに詳しいダンサー実はギャングの情婦であるバーバラ・スタンウイックがその書庫に侵入してくる。ドラマ展開として、これほど見事な設定はないだろう。このように脚本家として注目される存在となった。やがて自分が書いた脚本を、自ら監督することになる。後にゲイリー・クーパーは、『昼下りの情事』(1957)に、バーバラ・スタンウイックを『深夜の告白』(1944)で起用することに繋がった。

 

映画第一作『少佐と少女』(1941)は、30歳のジンジャー・ロジャースを12歳の少女に変身させる。意表をつく設定であり、それが成功しているのだ。ジンジャー・ロジャースといえば、フレッド・アステアとのコンビで流麗なダンスを披露した大女優だった。


『熱砂の秘密』(1943)は、第二次大戦中のエジプト砂漠で、ナチスと戦う人々をリアリスティックに描いた。映画製作は戦争中だが、戦後から見た世界のように見える。エーリッヒ・フォン・シュトロハイムロンメル将軍は、他の誰よりも存在感を放出していた。

 

 

『深夜の告白』(1944)は、フィルム・ノワールという言葉が使用されていない時代に、レイモンド・チャンドラーが脚本に加わり、スピーディに展開される。冒頭フレッド・マクマレイが録音機に向かって吹き込んでいる。録音の相手は、保険会社の上司エドワード・G・ロビンソンに向けてである。バーバラ・スタンウイックとの関係の清算を報告する。

 

 

『失われた週末』(1945)はアルコール中毒の作家志望者レイ・ミランドが酒を求めてさまよう週末を描いた作品。内容としてプロットのつじつまが合わない点があるも、失われた週末部分を、「THE Botle」というタイトルの小説に仕上げることで、それが結果として出来上がったのが、この映画になっている。何よりアル中患者を更生させる恋人ジェーン・ワイマンの存在が大きい。


異国の出来事』(1948)は、戦後の荒廃したベルリンに駐留する米軍を訪問する女性議員ジーン・アーサーが、当地で出会うマルレーネ・ディートリッヒと彼女の愛人となっているジョン・ランドの三角関係は見かけの表層で、ナチスの大物の情婦だったディートリヒから、大物ペーター・フォン・ツェルネックを逮捕することがアメリカ駐留軍の目的であった。

 

 

サンセット大通り』(1950)はワイルダーの代表作の一つで、かつての大女優グロリア・スワンソンと、二流脚本家ウィリアム・ホールデンに、執事エーリッヒ・フォン・シュトロハイムが絡む、壮大な演劇的悲喜劇ともいうべき作品。

 

『地獄の英雄』(1951)は、NYの新聞社を追われたカーク・ダグラスが地方新聞社に就職し、そこで、一人の男が洞窟に閉じ込められていることが分かり、これを事件としてスクープし、山頂から掘削する方法をとったのだった。

 

 

第十七捕虜収容所』(1953)は、戦争捕虜収容所ものだが、基本はコメディだ。ウィリアム・ホールデン日和見な捕虜役を演じ、捕虜の中にスパイがいることを知り、ドン・テイラーの中尉を救済するために、一芝居打つ仕掛け。

 

 

『情婦』(1957)は法廷ものとして、最高級の傑作であることは誰もが認める完璧さに収まっている。老弁護士」チャールズ・ロートンが心臓病を抱えたままで自宅兼事務所に帰宅する。付き添う看護婦は、事実上の妻エルザ・ランチェスターが演じていて、二人のやり取りは絶妙の掛け合いになっている。やがて、殺人事件の犯人として訴ええられたタイロン・パワーが弁護依頼人として登場する。タイロン・パワーの妻マルレーネ・ディートが、一芝居打つ。裁判映画の醍醐味が味わえる。あのヒッチコックを超えたと評価された一作。

 

 

コメディの傑作『麗しのサブリナ』(1954)『七年目の浮気』(1955)『昼下りの情事』(1957)、『お熱いのがお好き』(1959)『アパートの鍵貸します』(1960)については、あまりにも多くが語られている。付け加えるべき、新しき言説など持ち合わせていない。まぎれもなく傑作だのだから。

 

ワイルダーの二本の映画のなかで、オードリー・ヘプバーンは、この世の女性を演じるおとぎ話の王女を演じた。「かわいいオードリー以上に完璧なシンデラはあり得ないよ。彼女は崇敬に値した。どんなことでもらくらくと優雅にこなしていた。オードリー・ヘプバーンには演技を指導する必要はなく、いいヒントを与えるだけで良かった。(162頁『ビリー・ワイルダー生涯と作品』)

マリリン・モンローについては、以下の記述が」ある。

思うに、モンローの大きな秘密は、ただ単に存在していることができ、「みんなどうしてじろじろ見るの?」と不思議に思っていることにあった。この点で彼女はおそろしく純真だった。・・・(中略)・・・難しかったのは、とにかく彼女をセットに連れてくることだった。あとは彼女が台詞をしゃべれることを祈るだけである。(450,452頁『ビリー・ワイルダー自作自伝』)

彼女はせりふを憶えようとしなかった。まったくひどかった。そのあと三十テイクめにようやくせりふをいうんだが、それは誰にもまねのできないくらいすばらしかった。(165頁『ビリー・ワイルダー生涯と作品』)

 

 

ビリー・ワイルダーは、最初の監督作品『少佐と少女』(1942)以来、『ワン・ツー・スリー』(1961)までの16作品はいずれも、完成度が高い素晴らしいばかりだ。ただし、『皇帝円舞曲』(1948)だけは、ビング・クロスビーのミュージカル作品として失敗作なのでランキングから除外した。


以下に、<暫定ランキング>を記載するが、第17作以降では、『フロント・ページ』(1974)と『シャーロック・ホームズの冒険』(1970)、『悲愁』(1978)の3本のみを入れた。

最後の作品『バディ・バディ』(1981)が最後の作品となり、以後2002年、95歳で他界するまでの23年間、映画を撮ることはなかった。ビリー・ワイルダーへのインタビューなどは、監督引退後になされたものである。偉大なハリウッド監督・脚本家であったビリー・ワイルダーの早すぎる引退とその後の日々は、書物から伺うことができる。以下、三冊を参考文献として挙げておく。

 

シャーロット チャンドラー 著,古賀弥生訳『ビリー・ワイルダー (叢書・20世紀の芸術と文学) 』(アルファベータブックス,2012)

キャメロン クロウ著、 宮本高晴訳『ワイルダーならどうする?―ビリー・ワイルダーキャメロン・クロウの対話』(キネマ旬報社,2000)

 

 

ヘルムート カラゼク 著、瀬川裕司訳『ビリー・ワイルダー自作自伝』(文藝春秋,1996)

キャメロン クロウの『ワイルダーならどうする?』が一番面白く、かつワイルダー作品に迫っている。

 

 

以下は、とりあえずの私的ランキング。

 

暫定ランキング
1.『サンセット大通り』(1950)
2.『情婦』(1985)
3.『お熱いのがお好き』(1959)
4.『地獄の英雄』(1951)
5.『アパートの鍵貸します』(1960)
6.『麗しのサブリナ』(1954)
7.『深夜の告白』(1944)
8.『少佐と少女』(1942)
9.『ワン・ツー・スリー』(1961)
10.『昼下りの情事』(1957)
11.『失われた週末』(1945)
12.『第十七捕虜収容所』(1953)
13.『熱砂の秘密』(1943)
14.『異国の出来事』(1948)
15.『翼よ! あれが巴里の灯だ』(1957)
16.『七年目の浮気』(1955)
17.『シャーロック・ホームズの冒険』(1970)
18.『フロント・ページ』(1974)
19.『悲愁』(1978)

 

..................................

番外.『皇帝円舞曲』(1948)