ヒッチコック『裏窓』ミステリの映画学
みすず書房からシリーズ「理想の教室」が、第1回として5冊発売された。<「教えるー学ぶ」ための新シリーズ創刊!>というキャチフレーズ。理論社の「よりみちパン!セ」(2004年10月創刊)に続く「ちくまプリマー新書」(2005年1月創刊)と同傾向のヤングアダルト向けの「教室外教育」もの(と思ったが、読了後の印象は異なる)。
想定している読者は、理論社<筑摩書房<みすず書房の順に年齢を上げているようだ。「理想の教室」の創刊5冊から、とりあえず、加藤幹郎『ヒッチコック『裏窓』ミステリの映画学』を読了した。
- 作者: 加藤幹郎
- 出版社/メーカー: みすず書房
- 発売日: 2005/06
- メディア: 単行本
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加藤氏は、ヒッチコック映画の「外見と内面の乖離」が、その後のヌーヴェル・ヴァーグに引き継がれ、ヒッチコックのミステリ映画的側面をクロード・シャブロルに、恋愛映画的側面が、エリック・ロメールへそれぞれ、分有されていったと指摘する。いわれてみれば、エリック・ロメールの恋愛喜劇には、延々とりとめもない会話が続くことの意味が、腑に落ちる。
ハリウッド映画の古典期は、グリフィスによって完成されたクロースアップと「切り返えし」によって、観客は映画の登場人物に同化し、見える外見がその内容と一致した、いわば幸福な時代だった。それをヒッチコック映画は、「外見と内面の乖離」によって、古典映画の神話を崩壊した。
空虚がなにものにもにも充填されないまま、空虚そのものでありありつづけるということ。それが、ヒッチコックのブラックホール化であり、それがヒッチコック(とヌーヴェル・ヴァーグ)が映画史に突きつけることになったスキャンダルです。(p.105)
『裏窓』における実際に起きていない殺人事件をもとに、ジェームズ・ステュアートのグレイス・ケリーへの錯綜した思い(求婚されていることに対して)が、実は、集合住宅のなかの眼前の部屋で、中年夫婦の危機が殺人事件に発展することによって、隠されている主人公の困惑を見抜くことになる。でも、この映画で、殺人事件があったという証拠はどこにも示されていない。
本書のなかで、最も刺激的であったのは、『ハリーの災難』を引きながら次のように記述される部分であった。
今日わたしたちは一日ニ四時間報道されつづける殺人事件のニュースにどっぷり浸かっており、それはテレビの番組編成に欠かせない重要な演し物となっており、そのことによってわたしたちは映画『ハリーの災難』の喜劇的登場人物たちと同様、もはやどのような屍体の出現にも「魅惑、めまい、危険といった観念」をいだかないマリオネットのような人間と化しています。(p.87)
ひとはしばしばヒッチコック映画に代表されるような「殺人映画」が観客に悪影響をおよぼす(最悪の場合、類似犯を産み出す)と主張しますが、真に議論されるべき問題は、虚構の殺人事件の表象ではなく、「真実の」殺人事件の報道ではないでしょうか。(p.88)
巻末「読書案内」の解説も丁寧・適切であり、映画史の中にヒッチコックを位置づけ、読み応え十分であった。「古今東西、ジャンルを越えて読みつがれてきた名作がテキスト」「入門でありながら深い世界を伝える」というみすず書房の趣旨が十分に窺える一冊になっている。
このシリーズでは、亀山郁夫『『悪霊』神になりたかった男』を、次に読みたい。
- 作者: 亀山郁夫
- 出版社/メーカー: みすず書房
- 発売日: 2005/06/10
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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■Web読書手帖
2005年6月14日の、四谷書房店主のブログ「Web読書手帖」に、私のブログを「リンク」(blog/HP)に追加していただいたことが記載されています。きっかけは『別れる理由』とのこと。大変ありがたいことですが、その分、恐れ多く、プレッシャーも感じています。まずは、お礼のご挨拶を申し上げます。