本の収穫2004


映画に続いて書物、読書の収穫を記録しておく。
書物の収穫とは、奇妙な言い回しである。今年、出版された書物のベスト○○をリストアップしても、ほとんど意味がない。そんなことは、各種メディアの識者アンケートで実施されている。もっとも信頼のおけるアンケートは、『みすず』の毎年1月号に掲載されるリストだろう。

ここでは、あくまで私にとって、一読者として収穫であったと思う図書を、分野別あるいはジャンル別に、一冊づつ挙げてみた。
2004年の発行順に並べてみると、以下のようになった。


【批評】
加藤典洋『テクストから遠く離れて』(講談社、2004.1)

テクストから遠く離れて

テクストから遠く離れて

【政治】
菅孝行『9・11以後丸山真男をどう読むか』(河合ブックレット33、2004.2)*1

【小説】
古井由吉『野川』(講談社、2004.5)

野川

野川

【映画】
蓮實重彦『映画への不実なる誘い 国籍・演出・歴史』(NTT出版、2004.8)

映画への不実なる誘い―国籍・演出・歴史

映画への不実なる誘い―国籍・演出・歴史

【哲学/宗教】
黒崎宏『ウィトゲンシュタインから龍樹へ 私説『中論』』(哲学書房、2004.8)*2

【思想】
内田樹『他者と死者 ラカンによるレヴィナス』(海鳥社、2004.10)

他者と死者―ラカンによるレヴィナス

他者と死者―ラカンによるレヴィナス



加藤典洋が指摘しているように、テクスト批評が中心となってから、優れた読み手で、書き手に刺激を与える批評家がいなくなった。この場合の批評家とは、平野謙江藤淳のことを指す。江藤淳の死後、批評不在の時代がつづき、普通の読者が作品を読む指標が見えなくなっている。作品の現場において、作家たちと「ことば」で刺激しあうという関係がない。従って、読者は芥川賞受賞作に象徴されるようなイヴェント的作品を読むか、あるいは、誰もが読むベストセラーものを読むことになる。


加藤典洋の『テクストから遠く離れて』と、同時に刊行された『小説の未来』(朝日新聞社)は、作品の現場に接近し解読を試みるという点では、近代批評の原点に回帰している。


もちろん、批評家とは小林秀雄吉本隆明をさすことも可能だが、初期の二人は時代に伴走する文芸評論家であったが、小林秀雄は、絵画・骨董から本居宣長へたどりついた。また、吉本隆明は、親鸞良寛など宗教的な領域に接近している。ことばの正しい意味での「文芸評論家」はいなくなった。江藤淳の役割をかろうじて加藤典洋が担おうとしている。


丸山眞男の死後、数多くの丸山眞男論が輩出している。その中で、菅孝行が時代を反映した読みを試みているのが『9・11以後丸山真男をどう読むか』。小冊子ではあるが、丸山眞男の思想が超えられていないことが、証明されている。


小説からは、古井由吉『野川』を代表させた。もはや小説は死んだ、というのが世間の文壇への評価であり、誰も、小説の可能性など信じていない。そのなかで、唯一、古井由吉のみが文学者たる作品を残した。『野川』は読むことを強いる小説であり、村上春樹アフターダーク』については饒舌に語り得るのに較べて、『野川』は読者に沈黙を強いる。


蓮實重彦内田樹の本については、このグログでとりあげた。蓮實重彦は8月14日、内田樹は9月12日および、12月19日に『他者と死者』について言及した。


黒崎宏による龍樹『中論』の読みは、「空」の論理が、言語学的側面から接近可能であることを示唆された貴重な出会いであった。


2004年の読書から、加藤典洋内田樹斉藤環に共通するある人物が浮上してきた。その人の名は、精神分析学者ジャック・ラカン、キーワードは「浮遊するシニフィアン」。
年末年始は『精神分析の四基本概念』(岩波書店、2000)を読み進めているところである。



ジャック・ラカン 精神分析の四基本概念

ジャック・ラカン 精神分析の四基本概念



■追記
形式としての文庫、新書、全集、雑誌を追加しておきたい。これで、10点をリストアップできたことになる。


【文庫】
島村利正『奈良登大路町 妙高の秋』(講談社文芸文庫、2004.1)

奈良登大路町・妙高の秋 (講談社文芸文庫)

奈良登大路町・妙高の秋 (講談社文芸文庫)

【新書】
宮田毬栄『追憶の作家たち』(文春新書、2004.3)

追憶の作家たち (文春新書)

追憶の作家たち (文春新書)

【全集】
小沼丹全集』全四巻(未知谷、2004.6〜2004.9)

小沼丹全集〈第1巻〉

小沼丹全集〈第1巻〉

【雑誌】
荒川洋治編『名短篇』(新潮社、2005.1)

名短篇―新潮創刊一〇〇周年記念 通巻一二〇〇号記念 (SHINCHOムック)

名短篇―新潮創刊一〇〇周年記念 通巻一二〇〇号記念 (SHINCHOムック)