山口晃作品集


山口晃作品集

山口晃作品集



東京大学出版社から、若手の日本画家の第一画集が出版された。これは、ひとつの事件といえるだろう。


山口晃作品集』(東京大学出版社)東大出版のHPの作品紹介より引用すると、

日本美術をたくみに引用しながら,透徹した眼で現代世界を描く画家の第一作品集.大和絵特有の雲霞がたなびく画面に中世の甲冑姿の武士たちがひしめいている.が,彼らがまたがっているのは馬ではなくオートバイ.時間も空間も横断して,人や物が精緻に描かれる.作家の魅力を余すところなくパッケージした一冊.最新作日本橋三越本店100年キャンペーン用作品も含めて60余点収録.ルーペしおり付き.


著者は、1969年生まれ。あの東大安田講堂事件の年だ。
B5判横本に、カラー図版80頁の構成。ルーペ付きであり、細部はルーペを使用しないとよく見えない。伝統的な大和絵に、一種ブリューゲル風の味付けでコラージュ的な描写に圧倒される。


再び、東大出版のHPの「作家紹介」より引用する。下手に感想を書くより、この紹介のほうが、山口氏の位置がどのあたりにあるか分かるだろう。

1969年東京生まれ.96年東京芸術大学大学院美術研究科修了.97年「こたつ派」店(ミヅマアートギャラリー)に参加し,一躍注目を集める存在となる.油絵具を用いつつ,大和絵の表現を引用するという手法で描かれた作品は大変な人気を博している.洛中洛外図的な構成や吹き抜け屋台といった日本の古典的構図の中に,古今東西のさまざまな事象や風俗を同一画面上に取り込んだ作品や,人間を含めた動植物と近代化の象徴である機械という無機物を融合させた絵画も山口作品の魅力.画面の細部にまで張り巡らされた巧妙な仕掛け,遊び心やサービス精神に加え,矛盾した時代構成さえをも納得させるほどの高度な描写力は,海外でも単なるエキゾチズムを超えて高く評価されている.また最近は展覧会での発表の他にもCDのジャケットワークや書籍の挿絵(澁澤龍彦〈ホラー・ドラコニア少女小説集成〉第弐巻『菊燈台』,第伍巻『獏園』,平凡社)・パブリックアートなど更に幅広い制作活動を展開中.


なるほど、この解説を読めば、いかに革新的な絵画であるか、また、成長しつつある画家のいわば初期作品にあたるわけだが、全体をぱらぱらと見て、「東京圖 六本木昼圖」(54)と、同じく「東京圖 広尾 六本木」(p55)などは、まさしく圧巻としかいいようがない。前者は絵画の左下に、「テレビ朝日」があり、中央の「事務所棟」とその左側には「ホテル棟」と「劇場棟」が、細密画のように描き込まれ、不思議な感覚に囚われる。印象としては、明治開化期の雰囲気である。一方の「広尾 六本木」は、都会のビル群に雲がかかり、無人の街になっている。


「祝 放送開始」は、NHKデジタル放送開始のお祝い風景なのだが、どう見ても文明開化にひっかけているとしか思えない。踊っている人々、カメラを構えている人たち。祝いのふるまい酒を呑んでいる男女。思わず、笑ってしまう。


山口氏の絵画は、いってみればコロンブスの卵である。本来、日本画には存在しえない人々が、時空を超えて、入り乱れている光景。たとえば「百貨店圖 日本橋三越」などは「100年に一度の売りつくし」と掲げられた幟に象徴されるとおり、近代以前と現代が渾然一体となっている。パロディだの、コラージュだの、オリエンタリズムだの、どんなことばを冠しても、その印象を正確に伝えたことにはならない。山水画や洛中洛外図などが持つ形式を逸脱することで、混沌とした現代を逆照射しているといえるかも知れない。


うーむ。『山口晃作品集』は買ってよかった。これだけの量の絵画が収録されている割りには、画集として格安であった。ときには、こんな出会いもあるのだ。