19世紀ロシア文学
19世紀ロシア文学とは、ドストエフスキー、トルストイ、チェーホフ、ゴーゴリなどの作家の作品群である。革命以前の作家達だ。革命に遭遇し亡命したブーニンは20世紀の作家として当該範疇には属しない。また革命に翻弄されたゴーリキも含まないものとする。
19世紀ロシアの作家たちは、いってみればロシア文学の創世を担った人たちであった。その意では、ロシア文学はプーシキンから始まり、ゴーゴリ『外套』に触発されドストエフスキー・トルストイたち作家群が登場することになる。
その特質は、作家は世界を表現し、読者は距離を置いてその世界を読むことができるという希有な方法を案出したところにある。19世紀ロシア文学を読む者は、他者の苦悩や困惑を距離を置きながらも、自分の世界観に導いてくれるからである。今回は、以下に列挙する本を読んだ。
- プーシキン著・池田健太郎訳『オネーギン』(岩波文庫,2006)
- レールモントフ著・中村融訳『現代の英雄』(岩波文庫,1981)
- ツルゲーネフ著・中村融訳『ルーヂン』(岩波,文庫,1961)
- ゴーゴリ著・横田瑞穂訳『狂人日記』(岩波文庫,1983)
- ドストエフスキー著・安岡治子訳『貧しき人々』(光文社古典新訳文庫,2010)
- レスコーフ著・神西清『ムツェンスク郡のマクベス夫人・真珠の指飾り』(岩波文庫,1951)
- チェーホフ著・浦雅春訳『桜の園』(光文社古典新訳文庫,2012)
- チェーホフ著・浦雅春訳『ワーニャ伯父さん/三人姉妹』(光文社古典新訳文庫,2009)
- チェーホフ著・沼野充義訳『かもめ』(集英社文庫,2012)
- 沼野充義著『チェーホフー七分の絶望と三分の希望』(講談社,2016)
- 作者: ドストエフスキー
- 出版社/メーカー: 光文社
- 発売日: 2013/12/20
- メディア: Kindle版
- この商品を含むブログ (1件) を見る
- 作者: チェーホフ
- 出版社/メーカー: 光文社
- 発売日: 2013/12/20
- メディア: Kindle版
- この商品を含むブログ (3件) を見る
- 作者: チェーホフ
- 出版社/メーカー: 光文社
- 発売日: 2013/12/20
- メディア: Kindle版
- この商品を含むブログ (1件) を見る
- 作者: チェーホフ,沼野充義
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2012/08/21
- メディア: 文庫
- クリック: 4回
- この商品を含むブログ (14件) を見る
- 作者: 沼野充義
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2016/01/26
- メディア: 単行本
- この商品を含むブログ (4件) を見る
19世紀のロシア文学は、プーシキン・レールモントフ・ツルゲーネフのオネーギン=ペチョ−リン=ルーヂンたち余計者の系譜から始まっている。一方、ゴーゴリ、ドストエフスキー、トルストイは、いわゆるロシア文学の狂気、荘重さ・深淵さ、壮大さなどに引き継がれる。そしてチェーホフの解りやすいようで分かりにくい作風。この問題に方向の解答を示したのが、沼野充義であった。『かもめ』の前に翻訳した『新訳チェーホフ短編集』(集英社,2010)において、チェーホフが描こうとした世界を新たに提示した。沼野充義は、『チェーホフー七分の絶望と三分の希望』(講談社,2016)において、<七分の絶望と三分の希望>、深読みすればチェーホフの内に流れる「絶望と希望」の織り成す、現代に通じる世界を書いていると言う。チェーホフは、ロシア語から英語やフランス語などへの翻訳に疑問を呈していたが、実際、現代に読み継がれているのは、19世紀ロシア文学の終わりに現れたチェーホフである。
- 作者: ロナルド・ヒングリー,川端香男里
- 出版社/メーカー: 中央公論社
- 発売日: 1984/04/10
- メディア: 文庫
- 購入: 1人 クリック: 1回
- この商品を含むブログ (1件) を見る
19世紀のロシア文学では、R.ヒングリー『19世紀ロシアの作家と社会』(中公文庫,1984)によれば、
1825年から1904年にいたる80年間のうち、ツルゲーネフの『ルーヂン』(1856)に始まりドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』(1879−80)に終わる20余年が、一つの時代の核となってロシア小説のピークを形成している。このわくで囲まれた時期の作品には、トルストイの最も重要な小説(『戦争と平和』1965−9、『アンナ・カレーリナ』1875−7)が含まれ、ドストエフスキーの四大傑作(『罪と罰』1866、『白痴』1868−9、『悪霊』1871−2、『カラマーゾフの兄弟』)が含まてれる。この時期はまた、ゴンチャロフの『オブローモフ』があり、ツルゲーネフの全長編六作(『ルージン』の他に『貴族の巣』1859、『その前夜』1860、『父と子』1862、『煙』1867、『処女地』1877)がある。・・・(中略)・・・この十三篇の作品に挑戦するのは、これらより前の時代の、とりわけ重要な意味をもつ三つの作品で、これを入れれば第一級のロシア小説は総計十六編ということになる。この三編とは、プーシキンの『オネーギン』(1825−31)、レールモントの『現代の英雄』(1839−40)、ゴーゴリの『死せる魂』第一部(1842)のことである。(p24−26『19世紀ロシアの作家と社会』)
と記述され、「チェーホフと戯曲」と題された項目で、次のようにR.ヒングリーは記す。
1888年初頭から死にいたるまでの間に六十篇ほどの物語によって、チェーホフはロシア文学でも特別の位置に置かれることになるが、この全作品群の重要さは、『戦争と平和』や『カラマーゾフの兄弟』の重要さより大きいとさえ言えるであろう。短編小説作家としては、ゴーゴリ、トルストイ、レスコーフだけがとりあげられるだけで、他のいかなるロシア作家もチェーホフと同時にとりあげて同時に論ずる価値はない。チェーホフはまたロシア最大の劇作家となった。(p34『19世紀ロシアの作家と社会』)
とチェーホフの評価は、ロシア文学最大の作家・劇作家に位置づけられ、沼野氏の説と重なる。
チェーホフは、今回、『かもめ』『ワーニャ伯父さん』『三人姉妹』『桜の園』と四大戯曲を再読したが、中央公論社版『チェーホフ全集』を積読しており、改めてチェーホフの作品群に挑戦したい。
■補足
レスコーフの『ムツェンスク郡のマクベス夫人』は、男性中心社会にあって、女性の強い情念や愛のためには殺人も厭わない姿に圧倒される。レスコーフは、今回初めて読んだが、実に刮目すべき作家であることに驚いた。
ベンヤミンが『物語作者』で、レスコーフを論じていることを紹介しておきたい。(『ベンヤミン・コレクション2』ちくま学芸文庫,1996)
ベンヤミン・コレクション〈2〉エッセイの思想 (ちくま学芸文庫)
- 作者: ヴァルターベンヤミン,Walter Benjamin,浅井健二郎,久保哲司,西村龍一,三宅晶子,内村博信
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 1996/04/01
- メディア: 文庫
- 購入: 3人 クリック: 20回
- この商品を含むブログ (28件) を見る