トルストイは『セルギー神父』が経験する聖人への段階を示した(宗教批判的に)

 

セルギー神父

 

トルストイ原作の映画『セルギー神父』(1978)は、イーゴリ・タランキン監督による作品で、セルゲイ・ボンダルチュクが主演した、実に、19世紀ロシア社会のロシア正教という一種異端のキリスト教世界と現世のかかわりを、淡々と描く傑作であった。

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セルゲイ・ボンダルチュク生誕100年周年記念上映で、あの大作『戦争と平和』の監督であり、もちろん、メインは『戦争と平和』4部作の一挙上映だが、ボンダルチュク出演の『セルギー神父』は小品だが、ロシアの田舎地方での住民による、神の存在に関する会話から始まり、キャメラは次に話す人物を映さず、少しづづキャメラが移動しながら話す人物をとらえる手法は、巧みにスタンダードサイズの画面に、見る者を引き付ける磁力がある。

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主人公スチェパン・カサツキーは、少年時代から自尊心が高く、何事においても人から賞賛されることを願う性格であった。美しき貴族の女性と婚約する。しかし、彼女は女官として皇帝の寵愛を受けたことを知ると、婚約を破棄し、修道士となる。

 

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修道院内は、俗世間と同様で、形式だけの祈祷や儀式、偽善や嘘に満ちており、セルギー神父は願い出て、庵室の隠遁僧となる。蠱惑的な女性の誘惑を退け、少年の病を治したことで、著名な神父となる。

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修道院で9年、隠遁の庵室で13年が過ぎた。修道僧として有名になると、セルギーは、自分の信者たちへの行いが、実はすべてが教会への貢ぎ物になっていることに気づく。ある商人が娘のノイローゼを治して欲しいと頼みこみ、現れた娘は、セルギー神父の手を自分の胸にあてて、神父に抱きついたのだった。

 

セルギー神父は、あらかじめ用意しておいた農民の服を着用し、庵室から逃亡し、なぜか少年時代に知っていたパーシェンカ、彼女は、野暮ったく、取るに足りない娘だったが、今とでは、その平凡な女性に、会いたいと願い、長い道のりを歩いて、パーシェンカが住む狭い住居にたどり着いた。パーシェンカは、子どもたちとその夫と同居し、娘が産んだ赤ん坊の世話をしていた。きわめてつつましい生活だった。彼女は、老齢になっているはずだが、その表情に神父が救いを見て、別れを告げ放浪の旅に出る。

 

 

セルギー神父は放浪者として裁判にかけられ、シベリアに流刑される。原作では、次のように結ばれている。

「シベリアでは、裕福な百姓の開墾地に住むようになり、今もそこで暮らしている。彼は、主人の菜園で働き、子供たちに勉強を教え、病人の世話をしながら暮らしている」(544頁「セルギー神父」)

 

 

トルストイの生涯 (岩波文庫)

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 ロマン・ロランは、『トルストイの生涯』(岩波文庫,1960)の中で、「セルギー神父」の核心を、次のように指摘している。

「主題は自尊心を傷つけられた男が神を孤独と禁欲の中に求めるが、
最後に他人のために生活して人びとの中に神を見いだすのである」(160頁『トルストイの生涯』)

 

戦争と平和1 (光文社古典新訳文庫)

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トルストイは、『戦争と平和』『アンナ・カレーニナ』のなど長編のみならず、『イワン・イリイチの死』『セルギー神父』など、中・短編に優れた作品が多く、文字どおり19世紀ロシア文学の巨匠であることが確認できる。

 

 

なお、トルストイ著「セルギー神父」(覚張シルビア訳)は、加賀乙彦編『ポケットマスターピース04 トルストイ』(集英社,2016)に採録されている。引用は本書からであり、「セルギー神父」は生前には出版されず、死後1911年に『トルストイ死後作品集』として初めて出版されたことを付け加えておきたい。

 

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