「トルストイを読み給へ」と小林秀雄は答えた

 

アンナ・カレーニナ


ずっと敬遠していた作家トルストイの最高傑作とも言える『アンナ・カレーニナ』(望月哲男訳,光文社古典新訳文庫)全4冊、8部を読了した。アンナとヴロンスキーが中心というか、むしろ狂言回し的に書かれていること、リョーヴィンこそがトルストイに他ならないことを了解した。

 

 

アンナ・カレーニナ〈3〉 (光文社古典新訳文庫)

アンナ・カレーニナ〈3〉 (光文社古典新訳文庫)

 

 


すなわち、リョーヴィン、キティ、ドリーが19世紀ロシア貴族の生活者の姿なのだ。

シドニー・シュルツによれば、「作品を構成する239の章は、34のセグメントにかれていて、しかもアンナとリョーヴィンのセグメントがそれぞれ17といういわばバランスのとれた構造をなしている」(p588「第3巻 読書ガイド」)と言う。

 

 

アンナ・カレーニナ〈4〉 (光文社古典新訳文庫)

アンナ・カレーニナ〈4〉 (光文社古典新訳文庫)

 

 

 

アンナ・カレーニナ』のタイトルを担うアンナと、リョーヴィンが同じ比重で書かれていることが解かる。しかも全体の構造からみれば、第7部でアンナの死により、物語の結末が示され、アンナ死後つまり登場人物達のその後第8部が割かれていることになる。

 

ヴロンスキーは、次の戦争に参加すべく旅立つ。リョーヴィンとキティの田舎生活は、平和に続きそうだ。それにしても、翻訳の技術を除外しても、トルストイの小説構成力は、19世紀において抜群の上手さであることを感じさせる。

 

 

 

アンナ・カレーニナ』読了後、『クロイツェル・ソナタ』を読み、生・性・恋愛・結婚などについて、妻を殺害した男が倒叙法ににより淡々と自説を述べて行く手法と、あるいはトルストイ自身の考えが反映されていると考えられる。

 

 


ナボコフの『ロシア文学講義下』(河出文庫,2013)では、タイトルを『アンア・カレーニン』としている。つまりカレーニン夫人というわけだ。原題は"АннаКаренина"になっており、女性名の「カレーニナ」とするか「ボヴァリー夫人」のように「カレーニン夫人」でもいいだろう。

 

ナボコフによれば作家の順位は一番トルストイ、二番ゴーゴリ、三番チェーホフ、四番ツルゲーネフとしており、ドストエフスキーについては、

人々にたいするドストエフスキーの自己満足的な憐み―虐げられた人々への憐れみは、純粋に情緒的なものであって、その一種特別毒々しいキリスト信仰は彼がその教義から遥かにかけ離れた生活を送ることを決して妨げはしなかった。一方、レオ・トルストイはその分身のリョーヴィンと同じように、自分の良心が自分の動物的性情と取引することをほとんど生理的に許せずーその動物的性情がより良き自己にたいしてかりそめの勝利を収めるたびに、ひどく苦しんだのである。(p.15『ロシア文学講義下』)

トルストイとは対照的に評価している。

 

ドストエフスキー評価は、ナボコフと異なるが、『アンナ・カレーニン』と『イワン・イリイチの死』を解説することで、トルストイへの絶賛的な評価には賛同したいと思う。

 

小林秀雄全集〈第4巻〉作家の顔

小林秀雄全集〈第4巻〉作家の顔

 

 


以下は関連事項として記述する。小林秀雄トルストイの家出について正宗白鳥と論争をしている。批評文「思想と実生活」と「文学者の思想と実生活」を読む。

「実生活を離れて思想はない。併し、実生活に犠牲を要求しない様な思想は、動物の頭に宿っているだけである。社会的秩序とは実生活が、思想に払った犠牲に外ならぬ。・・・(中略)・・・思想は実生活の犠牲によって育つのである。」(p.72『小林秀雄全集』第四巻)

いかにも小林秀雄らしいレトリックである。小林秀雄は、ドストエフスキーに多くの評論を残している。『ドストエフスキイ』や『ドストエフスキイの生活』など。「永遠の良人」から始まり「未成年」「罪と罰」「白痴」「地下室の手記」「悪霊」「カラマゾフの兄弟」と主要作品について言及しているが、トルストイに関しては、少ない。

 

小林秀雄は、ドストエフスキーについて以下のような考えを書いている。

ドストエフスキイの実生活を調べていて、一番驚くのは、その途轍もない乱脈である。彼の金銭上の乱費なぞは、その生活そのものの浪費に比べればいうに足らぬ。・・・(中略)・・・僕は実生活の無秩序に関する、彼の不可思議な無関心を明瞭に説明する言葉を持たぬ。(p.67『小林秀雄全集』第四巻)

以上のようなことが、ドストエフスキーについて多く言葉を綴る根底にあったと思われる。


さてそのような小林秀雄が、「トルストイを読み給へ」(『小林秀雄全集』第十二巻)を執筆しているのは、トルストイ「作品」への評価と言えよう。

 

「若い人々から、何を読んだらいいかと訊ねられると、僕はいつもトルストイを読み給へと答える。」(p.105『小林秀雄全集』第十一巻)


と回答している。ドストエフスキーではなく・・・

なお、小生のトルストイの読書計画は、『復活上・下』(新潮文庫)で最後にしたい。

 

復活(上) (新潮文庫)

復活(上) (新潮文庫)

 

 

 

復活(下) (新潮文庫)

復活(下) (新潮文庫)