沈黙サイレンス


遠藤周作原作『沈黙』は1966年に書き下ろされた小説。新潮社「純文学書き下ろし特別作品」というものがあった。

沈黙 (1966年)

沈黙 (1966年)


安部公房砂の女』にはじまり、『方舟さくら丸』の五作品は、安部前衛作品の発表場所だった。遠藤周作は、『沈黙』以降、『死海のほとり』 『侍』『スキャンダル』などが刊行されている。このシリーズで購入したのは、安部公房大江健三郎『洪水はわが魂に及び』『同時代ゲーム』、開高健『輝ける闇』、筒井康隆『虚航船団』、福永武彦『海市』、椎名麟三『懲役人の告発』丸谷才一『裏声で歌へ君が代村上春樹世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』などであった。


砂の女

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輝ける闇 (1968年)

輝ける闇 (1968年)

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

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純文学という呼称すら過去のものとなり果てた現在、このシリーズが存在した昭和という時代には確かに<文学>というものが、世評を動かす何かであり得た時代だった。

遠藤周作は、狐狸庵先生としてユーモアエッセイを書く一方、敬虔なクリスチアンであった。『沈黙』は、クリスチアンとして、キリスト教弾圧時代に、日本にやってきた宣教師をモチーフに描いた<神の沈黙>という壮大なテーマを対象とした作品だった。カソリック教会からの反論があった。

映画としては、篠田正浩監督『沈黙SILENCE』(1971)があった。この作品は素晴らしい出来で、脚本を原作者遠藤周作が篠田と共同で担当しており、原作を一部改変している。


沈黙 SILENCE [DVD]

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さて、スコセッシの『沈黙サイレンス』は、アメリカ映画である。



キリシタンの弾圧が行われていた江戸初期の日本に渡ってきたポルトガル人宣教師の目を通し、人間にとって大切なものは何か、同時に人間の弱さとは何かを描き出した。17世紀、キリスト教が禁じられた日本で棄教したとされる師フェレイラ神父(リーアム・ニーソン)の真相を確かめるため、日本を目指す宣教師のロドリゴアンドリュー・ガーフィールド)とガルペ(アダム・ドライバー)。

2人は旅の途上のマカオで出会ったキチジロー(窪塚洋介)という日本人を案内役に、やがて長崎へとたどり着き、長崎奉行井上筑後守イッセー尾形)の厳しい弾圧を受けながら自らの信仰心と向き合っていく。

日本人俳優は、通辞役(浅野忠信)、農民モキチ(塚本晋也)、「じいさま」と呼ばれる村長イチゾウ(笈田ヨシ)他に、小松菜奈加瀬亮片桐はいり中村嘉葎雄など、多くの日本人キャストが出演している。

隠れキリシタンを撲滅するためには、信者に踏み絵を踏ませ、マリア像につばを吐きかけることが強制される。多くの日本キリシタが処刑や残酷な逆さ吊りにさせられる。それを宣教師にみせ、宣教師が転ぶ=棄教ことが、幕府にとっての目的なのである。

篠田正浩の作品では、フェレイラを丹波哲郎が演じていた。記憶をたどってみてもやや不自然な印象が残っている。

原作にないシーンとして、岩下志麻入川保則の夫妻を登場させている。キリシタン武士・岡田三右衛門(入川保則)とその妻・菊(岩下志麻)の存在で、江戸幕府は捕らえたロドリゴを転宗させるため、岡田を拷問にかけ、夫を救うために菊は踏絵を踏む。このシーンがロドリゴの棄教へ繋がる。このシーンは、もちろんスコセッシ版にはない。


キリスト教による「救済」の問題。戦国時代から江戸時代初期までの民衆は、救済される心のよりどころを持たなかった。
エスズ会の神父により、パライソに行くことが出来るのが、キリスト教であり、布教により多くの信者ができたと考えられる。彼らは、死後の世界に理想の世界をみていたのではあるまいか。拷問に耐えることで、救済されるとすれば幕府にとって危険な思想である。文化や制度の相対性などという構造主義は、当然この時代にはなかった。

今や、外国人旅行者が、禅の修行に参加したいという時代である。

遠藤周作の原作では、キチジローに自身を重ねたと云われている。いずれにせよ、篠田作品には遠藤周作が脚色にかかわっているので、自己の信仰告白になっている。マコ岩松も良いが、スコセッシ版の窪塚洋介は圧倒的な存在感を示して秀逸。

スコセッシ版は、フェレイラ役リーアム・ニーソンの存在が、大きくロドリゴの棄教に影響している。農民の信者たちの逆さ吊りからの鼾のようなうめき声を聴き、その光景を目にして最後の神父から転ぶことを選択する。棄教後の生活も描かれ、その死と葬儀において、棺桶の中のロドリゴの手の中がクロースアップされ、スコセッシの意図が静謐さの中に伝わるという趣向になっている。

窪塚洋介の演技、映画監督でもある塚本晋也の鬼気迫る実演、笈田ヨシの老体ながら受ける試練、通辞役の浅野忠信、それにいかにも憎々しげな、時にユーモアあふれる井上筑後守役のイッセー尾形など、日本人俳優の演技や存在感の凄さを改めて知らされた。必見の映画である。


マーティン・スコセッシの代表作

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