考える人
新潮社の季刊誌『考える人』の創刊号からの連載をまとめた坪内祐三『考える人』を読了。小林秀雄で始め、福田恆存で終えている。田中小実昌、中野重治、武田百合子、唐木順三、神谷美恵子、長谷川四郎、森有正、深代惇郎、幸田文、植草甚一、吉田健一、色川武大、吉行淳之介、須賀敦子のラインアップは、なるほど、坪内氏らしい。ただ、唐木順三の名前に違和感があった(読後その理由がわかる)。
- 作者: 坪内祐三
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2006/08/24
- メディア: 単行本
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「考える人」という切り口で見る作家像なので、読書から全体像を描くわけではない。その分、連載の締め切りに追われる坪内氏の苦闘ぶりが、文章から窺える。冒頭の小林秀雄を読み、最終回の福田恆存を読む。この二人は別格だろう。あと順次、田中小実昌、中野重治から須賀敦子までを通読する。
- 作者: 福田恆存,坪内祐三
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2004/05/11
- メディア: 文庫
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坪内祐三が告白する次ぎの文章は、読書人であれば、誰もが納得するだろう。
一般論を言えば、私自身は不純な読者であう。誰かの文章をきっかけに(ガイドとして)、別の誰かの文章に出会い、その文章にはまって行くというのが、私の場合、しばしばです。しばしばというより、ほとんどです。(p.12)
実際、私の読書法もこのようなパターンが多く、次から次へと必読書が増え、積読図書が身辺を侵食しつつある。さて、小林秀雄に関しての坪内祐三の次ぎの言説は、現在では読者層が視えないことへの著者の戸惑いを示している。
小林秀雄は、自分の語る対象への読者説明抜きに、それを論じることの出来た、そういう純粋読者の顔が見えた幸福な時代の文筆家です。(p.13)
いまひとつ実像が掴めない田中小実昌については、直接接した経験から次のように指摘する。
- 作者: 田中小実昌,大庭萱朗
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2002/06
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そもそも田中小実昌には距離がなかったのです。・・・(中略)・・・人間関係こそは、つまり他者との関係こそは、ある種の哲学の第一歩で、最初に述べたように、田中小実昌は、本質的な哲学者だったのですから。(p.25)
なんとなく、コミさんの世界が視えてくるから不思議だ。唐木順三は、「型の喪失」という切り口で紹介される。唐木順三が、鴎外などが持っていた「型の喪失」について、「現代史への試み」から、孫引きする。
今日の無形式はシンからの無形式である。鴎外の『礼儀小言』から三十年を経て今日の無形式は根こそぎのもの、古き形式は滅びつくして、と、これに代わる新なる形式されてをらぬ、の「と」の間に三十年という歳月が入りこんでゐる無形式である。(p.74)
唐木順三がこのように書いてからさらに五十年が経過していることを思えば、唖然としないわけには行かない。坪内祐三は、大正教養主義以降の「個性」や「自我」が「どのような結果をもたらしたのか」(p.77)と問いをたてている。
- 作者: 幸田文
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1995/11/30
- メディア: 文庫
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- 作者: 幸田文
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 1994/10/05
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女性作家を4名とりあげている。武田百合子、神谷美恵子、幸田文、須賀敦子。坪内祐三が『東京人』の編集者を退いてから、須賀敦子『ミラノ霧の風景』が刊行され、一躍ときの人となった。それゆえ、坪内氏自身は、須賀敦子の著作を読む機会が遅れたという。文章の巧さでは、、幸田文と須賀敦子だが、幸田氏が「木」や「崩れ」の現場を視ることから表現したのに比べて、須賀氏は、記憶の再現に美しい文章を用いていると私は思う。須賀敦子について、神への「信仰」という視点から坪内祐三は書く。坪内祐三は『トリエステの坂道』が一番好きだという。私は、夫ペッピーノとの関係が書かれた『ヴェネチアの宿』を評価したい。
- 作者: 須賀敦子
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1998/08/28
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- 作者: 須賀敦子
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
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須賀敦子は、クリスチャンであり、「神への信仰」はその原点にあるけれど、「考える人」からいえば、須賀さんが経験した、イタリアでの、とりわけ、『コルシア書店の仲間たち』に登場する人物への観察力は、考察を加えない限り、とても書けないものだ。
- 作者: 須賀敦子
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 1995/11/01
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具体的に触れることは控えたが、中野重治、長谷川四郎、森有正、深代惇郎、植草甚一、吉田健一、色川武大、吉行淳之介は、坪内祐三の意図がよくわかる人選、坪内的世界の住人だから。
坪内祐三は、基本的に自分が書きたいテーマについて「計画的」に書く人で、編集者からテーマを与えられ連載を持ったのが、今回がはじめてのようである。その分、各章の導入に迷いやためらいの文章がみられる。しかしながら、坪内祐三が言及してきた作家たちを「考える人」という切り口で読み込んだ本書は、坪内的世界の広がりを感じさせる必読書になっている。