立喰師列伝


押井守立喰師列伝』は、戦後史を民俗学から借用した架空の「立喰い師」の視点から捉えた大傑作になっている。


立喰師列伝 通常版 [DVD]

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水際立ちたる技にて主に講釈し、銭を払わず。/これ立喰ものといふなり。往来をその生業の場とす。/不明にしてはばかること多し。---荻生爽来『拾遺往生録』より


この前提自体が虚構であり、虚構の「立喰い師」から戦後史を検証するという壮大な試み。全編にわたって硬質な書き言葉風「ナレーション」が綴られる。例えば次のように。

終戦直後の闇市に出現した伝説の立喰い師。立喰い−千年の歴史が生み出した至宝の名品と謳われながら、無数の伝説を遺したまま失踪、消息不明となる。終戦直後の、今日食べるものにも事欠く世相に、そばといえば混ぜ物だらけの代用品。だが、店主が差し出す「月見そば」を見て銀二は言う。「いい景色だ−」。それは自らの言葉の力で荒んだ世相に実利とは異なる価値を啓蒙するものだった。銀二のゴトに、彼を知る者は等しく言う。「かの人の語る如く、かの人を知らず−」。(p.48『立喰い師、かく語りき。』)


立喰師、かく語りき。

立喰師、かく語りき。


といったように。「啓蒙」や「山窩」などのテロップが挿入される。山本夏彦長谷川伸の言葉が「引用」されているらしい。ここは、採録シナリオが欲しいところ。


完本・文語文 (文春文庫)

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戦後の闇市に現れた<月見の銀二>、60年安保時代以降の政治的騒乱の時代に現れた女立喰い師<ケツネコロッケのお銀>、高度成長期の<哭きの犬丸>、1970年、現職警官に殺害された<冷やしタヌキの政>、ファーストフード氾濫の時代の<牛丼の牛五郎>、同じく<ハンバーガーの哲>、レジャーランド・×××××ランドでフランクフルトを食べる<フランクフルトの辰>、インド人<中辛のサブ>など、錚々たる立喰い師が、戦後という時代を彩る。


実は、彼ら「立喰い師」は、押井守の過去の作品に、脇役としてすでに出演(?)している。<月見の銀二>は、『紅い眼鏡』に、<ケツネコロッケのお銀>は、『逆転イッパツマン』や『うる星やつら』に。



画面には戦後の報道ニュース写真がコラージュされ戦後史の概観という様相を呈している。


吉本隆明全詩集

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作品の中で、吉本隆明の「詩」*1が引用される。全般的に、戦後史検証となっているが、平成には触れていない。戦後社会の当初あった混沌としたエネルギーの喪失、それが高度成長期以後、冷戦体制の崩壊によって、失われたものは何か、を問うているように見える。作者の意図が見えにくいが、アナーキーな回路の復活を映画の中での幻想=虚構として、押井氏が捏造した「立喰い師」による反乱の形で提示している。


立喰師列伝

立喰師列伝


立喰師列伝』は、実写とアニメの融合=映像のテクノロジーや、その構成の巧さ、硬質なナレーションなどにより、アニメ映画としては画期的なカルト・フィルムと評価されるだろう。傑作『イノセンス』のスタイルとは物語性の排除という点で、180度異なるが故に恐るべし、押井守


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*1:吉本隆明の詩「分裂病者」から次の一節を引用している。「おう きみの喪失の感覚は/全世界のものだ/きみはそのちひさな腕でひとりの女をではなく/ほんたうは屈辱に沈んだ風景を抱くことができるか」