サンライズ


F.W.ムルナウサンライズ』(Sunrise, 1927)をDVDにて観る。トリュフォーが「世界一美しい映画」と絶賛したサイレントフィルム。確かに、その映像は輝くばかりに美しく、モノクロ画面に光と影のコントラストが絶妙に造形され、シンプルなストーリーと相俟って、サイレント映画にあまり関心が持てなかった私が、ムルナウのフィルムを観て、俄然、興味が湧いてきたのだった。


サンライズ クリティカル・エディション [DVD]

サンライズ クリティカル・エディション [DVD]


サンライズ』は、田舎に住む若者夫婦のもとに、都会から来た女性(マーガレット・リヴィングストン)が、男(ジョージ・オブライエン)を誘惑し、妻(ジャネット・ゲイナー)を湖上で溺死させて、二人で都会へ出ようと誘われる。男は都会女性に目がくらみ、妻を連れて湖上へ出るが、妻に様子を察知され逃げられそうになり、妻を追って都会に出る。夫婦の都会での一日。都会の風景が眼をみはるような美しさで描かれる。


サイレント映画から、名状しがたい感動を得られるとは予想外の嬉しさであった。田舎や都会はすべてセット撮影だというから、画面設計や撮影をコントロールできるわけで、かつての撮影所がもっていた力を感じさせる。


セットで作られた都会の設計、道路中央に電車が走り、ビルが林立する。建物内部、とりわけ広大な理髪店や、遊園地とレストランが合体したような屋内シーンが秀逸である。山場となる湖上の夜間撮影が見事なシークエンスとなっている。


ムルナウサンライズ』に刺激を受けて、他のムルナウ作品をとりあえず観てみる。ムルナウが渡米する直前の『ファウスト』(Faust, 1926)と『タルチュフ』(Tartueff,1925)、二本を観る。



ファウスト』については四方田犬彦が、由良君美セルロイド・ロマンティシズム』(文遊社、1995)の解説「映画批評家としての由良君美」の冒頭で次のように述べていることからも、テキスト批評に基づいたフィルム復元がなされたことが分かる。

今、わたしはボローニャにいて、喪失された映画の再発見と修復に関するシンポジウムから、深夜帰宅したばかりだ。会場ではムルナウの『ファウスト』をめぐって、現在存在する五通りのヴァージョンが紹介され、細部にわたる異動が同時に大スクリーンに提示されて論じられていた。このドイツ表現派の天才が、名優エミール・ヤニングスと組むことによって、ひとつのショットのためにいかに多様なテイクを残したかが、そこでは明確に証し立てられていた。(p.243)


セルロイド・ロマンティシズム

セルロイド・ロマンティシズム


サイレントフィルムの『クリティカルエディション』シリーズ(紀伊国屋書店発売)は、残存するフィルムから、最良の画質として視聴者に提供しようとする意図がみられ、映画ファンとして嬉しい限りだ。


ファウスト』の特典として収録されている『ムルナウ影の言語』には、フィルムのいくつかの異版を同時に映しながら、何がムルナウの意図したテキストかを説明される。この映像をみると映画の草創期において、完璧なフィルム造形を目指していたムルナウの時代に比べて、ツールそのものが当時と比較すべくもないくらい発達している。しかし、便利な道具が揃うことが、優れたフィルムに繋がるかといえば、必ずしもそうではないらしい。ムルナウは不便ながらその不便さを逆手にとって、ワンショットに最大の工夫を凝らしていたことが分かるのだ。



『タルチュフ』は、モリエールの喜劇を映画内映画として、エミール・ヤニングスが似非宗教家に扮して、家政婦の企みを暴くという構成の面白さに率直に驚いてしまう。


ムルナウサンライズ』を観るきっかけとなったのは、じつは、蓮實重彦ゴダール革命』(筑摩書房、2005)に記された次のような言説によることを最後に告白しておきたい。

ドイツの映画作家ムルナウが一九二七にハリウッドで撮ったこの作品にいつのまにかしかけられてしまっていた時限装置が二十一世紀にいたるもなお不気味に作動し続けている・・・(p.3)


ゴダール革命 (リュミエール叢書 37)

ゴダール革命 (リュミエール叢書 37)


このように、本ー映画(DVD)ー本とわたしの読書はつながっていく。