昭和の短編一人一冊集成


未知谷という出版社から『昭和の短編一人一冊集成』が刊行されはじめ、五冊五人の予定で、6月現在、吉行淳之介戸川昌子源氏鶏太藤原審爾までが出版された。残る一人は色川武大である。そのうち、未読でありなおかつ今日では、その著書がきわめて入手しがたい二人、すなわち、源氏鶏太藤原審爾を購入し、短編小説の醍醐味を味わう。


藤原審爾 (昭和の短篇一人一冊集成)

藤原審爾 (昭和の短篇一人一冊集成)


二人とも現役時代は大ベストセラー作家であり、映画化された作品が多い。源氏鶏太は主としてサラリーマンものだが、藤原審爾は純文学から中間小説、時代小説や任侠ものまで幅広く執筆した。小説を読む快楽が得られる。小難しい作品ではなく、実に読みやすく、深い味わいがある。近年の小説にはない、昭和の香りがする。


とりわけ藤原審爾の小説は本書に採録されている作品すべてが異なるジャンルのもので構成されている。冒頭の『罪な女』から読みはじめる。服役中の夫を待ちながらも、出会った男に尽くす可憐な芸者が、夫の出所によって二者択一を迫られる。


『殿様と口紅』は短編のなかでも特に短いもので、前科五犯で「殿様」の異名をとる初老の男が若い刑事に手錠を繋がれて、汽車で護送される。その間におきる出来事を刑事の立場から、また偶然横の席に座った追われる女性とのいきさつなど、実にうまくまとめられている。絶品というべき作品。


泥だらけの純情 [DVD]

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『泥だらけの純情』は、日活の中平康(1963年)と東宝の富本壮吉によって二度原作のタイトルで映画化されたことで著名な作品。今回初めて読む。中平作品は、吉永小百合(真美)と浜田光夫(次郎)。やくざな男と外交官のお嬢さんの純愛。1977年のリメイクでは、山口百恵三浦友和のコンビによるもの。細部にそれぞれ映画的な脚色はあるが、大筋は藤原審爾の原作どおり。


泥だらけの純情 [DVD]

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『前夜』は、森一生監督・市川雷蔵主演『ある殺し屋』(1967)の原作になった。平凡な職業の中年男が、実は凄腕の「殺し屋」であり、原作・映画化作品とも味わい深い。


ある殺し屋 [DVD]

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『さかまき万子』は、一風変わった女性・万子を引き取った新宿芸能社の人々との関係を描きながらも、芸能社の主人竜子のきっぷの良さによって際立つ作品。この小説も森崎東によって<喜劇・女シリーズ>として映画化された。『喜劇・女は男のふるさとヨ』(1971)『喜劇・女生きてます』(1971)『喜劇・女売り出します』(1972)では、竜子が経営する新宿芸能社に集う女性たちのしたたかな生き様を描いていた。



『鏡の間』は五十男と三十代の女性の偶然の出会いと別れを、抒情的な大人の恋愛としてしっとりと、唄いあげるような作品。


秋津温泉 [DVD]

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以上の他、長編小説で映画化された作品として、吉田喜重監督『秋津温泉』(1952)、今村昌平『赤い殺意』(1964)、石井輝男監督・高倉健主演『花と嵐とギャング』(1961)、山田洋次『馬鹿まるだし』*1(1964)、深作欣二『恐喝こそわが人生』(1968)、マキノ雅弘『日本やくざ伝・総長への道』(1971)など、「キネマ旬報DB」で調べると57作品が、藤原審爾原作から映画化されている。今、ほとんど藤原本を読むことができない。


赤い殺意 [DVD]

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日本やくざ伝 総長への道 [DVD]

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解説者の結城信孝氏によれば短編だけでも500編以上ある作品の正確な書誌ができていないという。この多才な小説巧者・藤原審爾はもっと評価されていい作家だ。『藤原審爾・昭和の短編一人一冊集成4』が、藤原氏の再評価になることを祈りながら。


恐喝こそわが人生 [DVD]

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喜劇・一発大必勝 [DVD]

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*1:山田洋次『馬鹿まるだし』の原作は藤原審爾『庭にひともと白木蓮』であり、会社(松竹)が喜劇として売るため『馬鹿まるだし』にタイトル変更された。以後、山田洋次ハナ肇を主役にシリーズ化し、『男はつらいよ』に引き継がれることになる。つまり、『男はつらいよ』シリーズは藤原審爾的作風が土台にあり、渥美清と出会うことでできあがった作品といえるだろう。藤原審爾の影響は大きい。