白秋望景


川本三郎著『白秋望景』(新書館,2012)。
川本氏の著作は、常に細部を丁寧に記述されるので、読みやすい。何故いま「北原白秋なのか」、それは、白秋が筆一本で生活してきたことへの著者の共感に関係しているようだ。


白秋望景

白秋望景


本作が、第23回伊藤整文学賞・受賞の報が入る。
作家の評伝では『荷風と東京『断腸亭日乗』私註』(都市出版,1996)で読売文学賞、『林芙美子の昭和』(新書館,2003)では、毎日出版文化賞桑原武夫学芸賞のW受賞を果たしている。

この、荷風林芙美子北原白秋の評伝は、川本氏の評伝三部作と言ってもいいだろ。

林芙美子の昭和

林芙美子の昭和

舟を編む

2012年本屋大賞を受賞した三浦しをん著『舟を編む』(光文社,2011)は、辞書の編纂をテーマとする「職業小説」であり、10数年を作品の中で描ききっている傑作であった。出版者における辞書編纂部の組織的位置や、言葉へのこだわりなど、このような小説は管見の限りでは嚆矢と言えるのではないか。

舟を編む

舟を編む


他にも、三上延著『ビブリア古書堂の事件手帖―栞子さんと奇妙な客人たち』(アスキーメディアワークス,2011)は、古書店を舞台に、様々な名作を取り上げ、ミステリー風に作品を解説する。

コミックだが、玉川重機著『草子ブックガイド1』(講談社,2011)は、小説の名作に加えて、学校図書館の女性司書教諭が、生徒にブックトークをさせる設定など、本を紹介するコミックとして、良質の内容になっている。


草子ブックガイド(1) (モーニング KC)

草子ブックガイド(1) (モーニング KC)


モノとしての本が持つ、記憶と本を媒介するのは、電子書籍では難しいだろうと思わせる。いずれも本を介して、主人公が成長するビルドゥングス・ロマンとなっている。

犯罪


犯罪

犯罪


フェルディナント・フォン・シーラッハ著,酒寄進一訳『犯罪』(東京創元社,2011)は、弁護士を職業とする著者による、11の短編で構成されている。翻訳書にある「訳者あとがき」がないところが、著者像を想像させる名編ともなっている。
冒頭の「フェナー氏」と最後に置かれている「エチオピアの男」が、味わいの良さと読後感が対照的であるにもかかわらず、好感が持てた。

小説的思考のススメ


小説的思考のススメ: 「気になる部分」だらけの日本文学

小説的思考のススメ: 「気になる部分」だらけの日本文学


阿部公彦著『小説的思考のススメ』(東京大学出版会,2012)は、小説は読めないものとの覚悟を冒頭に示している。その上で、11本の小説を解読することで、小説への読みを誘う紹介を兼ねた批評・解説本になっている。とりわけ、辻原登佐伯一麦は未読作家であり、読書への誘いとなった。

帝国の残影


帝国の残影 ―兵士・小津安二郎の昭和史

帝国の残影 ―兵士・小津安二郎の昭和史


那覇潤著『帝国の残影、兵士・小津安二郎の昭和史』(NTT出版,2011)は、小津安二郎の映画を、小津の戦争体験から、読み解くという、これまでにない手法で、日本近代史を叙述する試みになっていて、私にとっては刺激的書物であった。

眼に映る世界


眼に映る世界―映画の存在論についての考察 (叢書・ウニベルシタス)

眼に映る世界―映画の存在論についての考察 (叢書・ウニベルシタス)


スタンリー・カヴェル著、石原陽一郎訳『眼に映る世界ー映画の存在論についての考察』(法政大学出版局、2012)は、ドゥルーズ『シネマ』と双璧をなす哲学者による映画論というキャッチコピーに惹かれて読み始めた。

「視角と音」〜「類型的人物、シリーズ、ジャンル」の第2章から5章までが、映画の教科書に収録されていると訳者解説に記述されている。

この部分だけ読めば、カヴェルはパノフスキーアンドレ・バザンを援用しながら、絵画・写真と映画の差異に注目し、メディウムとしての映画をどのように規定すればいいのかを逡巡しながら言及している。

アメリカの歴史は、200年を超えるが、欧州に較べるときわめて短い。そのためハリウッド映画が、哲学倫理上の指標となり得るとして、類型化された人物、ジャンルの中から規範を見出そうとしているようだ。

なお『眼に映る世界』は、現在読書継続中である。