有りがたうさん
清水宏のDVD『清水宏監督作品第一集 山あいの風景』(松竹)を入手。早速、『有りがたうさん』(1936)を観る。定期路線(寄合)バスの運転手(上原謙)が、山あいの道で出会う人々に「ありがとう」の声をかけるので、「有りがたうさん」と呼ばれている。
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その日の寄合バスには、東京に売られて行く女(築地まゆみ)や、いわくありげな黒襟の女(桑野通子)、ヒゲの紳士などが乗車していた。舗装されていない山道を行くバスの視点から風景を捉える、あるいはバスが走る山道をキャメラが写しだす、その自然は加工されたものではなく、ありのままの自然を実に美しく撮る。
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行き交う人々の姿は、もはや見ることができない物売りの姿であったり、乗合馬車であり、あるいはオープンカーのような外車であり、朝鮮からきた労働者たちの姿も映される。
途中で村の娘に、下田で買い物を頼まれるが、「これも街道渡世の仁義」と快く引き受ける「有りがたうさん」(上原謙)。様々な人々が交錯し、婚礼に出席する夫婦と葬儀に出る人がバスで同席すると、お互いに縁起がよくないと遠慮し、バスから降りる。
バスの旅が終わりにさしかかると、バックミラーでしきりに築地まゆみを気にしていた上原謙に、桑野通子は、上原が独立するため中古のシボレーを買う貯金で、売られて行く娘・築地まゆみを救うことができることを示唆する。翌朝、帰りのバスに築地まゆみが嬉しそうに乗車している。あたかも何事もなかったかのように、寄合バスは進んで行く。
風景の描写と、村人たちの生活ぶりをリアルに自然に捉える手法は、車一台とキャメラがあれば、オールロケーションによる映画を撮ることができることを実践したヌーヴェル・ヴァーグの先駆をなしていたことに感銘を受ける。