ウィスキー


日本初公開のウルグアイ映画『ウィスキー』(2004)は、寡黙さと無表情と暗い不思議なユーモアをかもし出す雰囲気を持つミニマム・フィルムである。こう書けば、ただちにフィンランドの映画監督、アキ・カウリスマキを想起するだろう。実際、映画のスタイルおどろくほど実によく似ているのだ。


小さな靴下工場を持つハコボ(アンドレス・パソス)は、毎日、朝食を近くのカフェでとり、エンジンのかかりにくい車を運転して工場へ着く。工場のシャッターの前にはいつもマルタ(ミレージャ・パスクアル)が待っている。ハコボがやってきて、工場の鍵を開けて二人は、中に入る。マルタは、雇用主であるハコボにマテ茶*1を入れる。ハコボは、機械のスイッチを入れる。そのうち他の二人の女性労働者が出勤してくる。そう、ハコボの靴下工場は、使用人3名の小さな工場なのだ。


このあたりの日常の生活を三度ほど反復し、やがて、ハコボの母の墓石の建立式のために、弟のエルマン(ホルヘ・ボラーニ)が、ブラジルから兄のところへやってくる。そこで、ハコボは弟の手前、結婚していることにしたいがために、マルタに妻役を依頼する。マルタは、あっさりと引き受ける。偽装結婚のため、二人は結婚記念写真を撮り、結婚指輪をわたす。ここまでは、淡々と進み、無口な二人の日常が、固定されたキャメラによって、とりたててどうということもなく進捗して行く。


さて、弟がブラジルからやってきて、ささやかな異変が起きる。新婚旅行はイグアナの滝に行ったことにした。一人暮らしのハコボの家は、新妻のマルタによってすっかり模様替えがされている。墓石の建立が無事に終わると、弟は二人を旅行に誘う。陽気なエルマンの影響を受け、オバサンだったマルタは、魅力ある中年女性に変身して行く。一方のハコボは、相変わらず無口で、マルタと同室でも、ベッドとソファで別々に寝ることになり、一向に二人の関係は進展しないように見える。


弟がウルグアイを去る日、マルタはメモを渡す。飛行機に乗ってから読んでほしいと。また、珍しくハコボは、エルマンから貰ったお金でカジノへ行き、一儲けする。そして、儲けたお金すべてをマルタにあげてしまう。


旅行から帰った翌日、ハコボが出勤すると、いつものようにマルタは待ってはいない。どうやら、仕事に来ていないようだ。ハコボは、マルタの欠勤が気になり、従業員に確認の電話をさせる。映画は、そこで唐突に終わる。マルタがエルマンに渡したメモには何が書かれていたのか。また、十分なお金を得たマルタは、その後どうしたのか、すべては映画を観る観客にゆだねられている。*2


ウルグアイ映画『ウィスキー』は、こんな話だ。寡黙、無愛想、暗い。アキ・カウリスマキが撮ったフィルムだといわれても、多分、そうだろうな、とうなずく程度だろう。一体、この映画のどこが魅力的なのか。あえて説明すると、本人たちが生真面目に演じている生活そのもに自然にあらわれるユーモアの見事さといえるだろうか。兄弟は、会う時と別れるときに、贈り物を交換する。最初は「靴下」、別れのときは「Tシャツ」であり、寡黙な交換の儀式は何を意味するのだろうか。


ウルグアイのフアン・パブロ・レベージャとパブロ・ストールの二人の監督による、中年男女のとりとめもないお話が、ラブストーリーにもなっている。タイトルの「ウィスキー」とは、写真を撮るときに笑顔をつくるために発することばであり、「チーズ」のようなもの。ハコボは、この映画のなかで二回だけ笑顔を見せる。もちろん、写真を撮るときであり、最初は偽装結婚のためにマルタと二人で撮るとき、旅先でマルタを中央にエルマンが右、ハコボが左の構図で、写真をとおりすがりの男に撮ってもらうときの二回である。終始一貫して無表情のハコボ、無表情から徐々に表情を見せて行くマルタ、そして、最初からおしゃべりで、表情豊かなエルマン。


映画館で映画を三人で観るシーンがある。マルタはスクリーンに向かって眼を前にむけている。右隣のエルマンは眠りこけている。左のハコボはスクリーンに目をむけずに、ひたすら食べている。このシーンに、三人の行動パターンが象徴されている。映画のラストで、マルタが工場前に姿を見せないのは、一旦、凡庸な日常から脱したマルタが、もはやハコボの工場で働く理由はない。あるいは、工場へは出ないが、ハコボから渡された大金を、二人の生活のためにどう使ううかを、考えているマルタ。いや、単純に旅行に疲れて寝過ごしただけかもしれない。想像をかきたてる映画。これぞまさしく映画の原点ではないか。


それにしても、南米のウルグアイとは、ラテン的な情熱の国を、想起するが、実際は映画のように寒くて、寡黙なお国柄なのだろうか。フィンランドが、カウリスマキの映画でイメージを固定させてしまったように。



マルタとハコボ


『ウィスキー』公式サイト


■(参考)アキ・カウリスマキ作品

白い花びら/愛しのタチアナ [DVD]

白い花びら/愛しのタチアナ [DVD]

*1:ウルグアイの国民的飲み物。

*2:ここまで書いてもネタバレにはならない。メモの内容も、二人の結末も分からないのだから。