海を飛ぶ夢 - 新・整腸亭日乗

アレハンドロ・アメナーバルの『海を飛ぶ夢』（2004）は、尊厳死をめぐる＜生と死＞に、直接向きあうフィルムだ。２５歳のとき海の事故で、首を骨折し、首から下の身体を動かすことができないラモン（ハビエル・バルデム）は、家族の助けを受けながら２８年間生き続けてきたが、ついに自ら死を選ぶことになる。ラモンのもとには、多くの女性が訪れる。近くの村に住む子持ちの女性ロサ（ロラ・ドゥエニャス）、尊厳死を支援するジュネ（クララ・セグラ）、法廷闘争のための弁護士フリア（ベレン・ルエダ）、そして、献身的に看護する兄嫁のマヌエラ（マベル・リベラ）たち。

とりわけ、フリアは認知症という不治の病に罹っていたので、病気をとうして「死の意識」を共有するラモンとフリアは、恋人同士のように親しくなる。フリアは、ラモンが書いているメモを読み、出版することを思いつく。フリアは、ラモンにインタビューするかたちで彼の思いを文章化し、甥ハビ（タマル・ノバス）にＰＣ入力を手伝って貰い、出版にこぎつける。ＴＶ出演にに続き、出版によりラモンの存在が、さらに注目される。

ラモンが夢のなかで、部屋のなかを歩いて、ついには、窓から出て、空を飛びシーンがある。心の閉塞感を、解放させる感動的な光景である。また、ラモンが車椅子に乗り、自動車で自宅を出発し、裁判所で向かうシーンは、キャメラが空撮で捉える。空を飛ぶことは、ラモンの夢であり、自分の姿を上空から俯瞰することは、自身の不自由さから脱却したいという願望を、映像で表現したといえよう。

最近の映画は、カットつなぎが多く、フェイド・アウト、フェイド・インを使用している映画が少ない。『海を飛ぶ夢』は、カットのみならず、フェイド・アウト、フェイド・インを効果的に用いている。時間経過を示すには、古典的な手法であり、カットとの併用により、ドラマとしての時間性を見事に捉えている。

ラモンは、ベッドに縛られ、家族に迷惑をかけている生き方に苦痛を感じている。尊厳死を望むには、それなりに、大きな理由があるのだ。意識のない場合は、家族による判断に委ねられるが、意識もはっきりし、理性的でもあるラモンは、一見、彼なりの生活に慣れているように見えるが、実は、生よりも死を望んでいる。

女性たちに、「本当に愛している人は、僕を死なせてくれる人だ」と言う。このことばに忠実であったロサが、ラモンの意思に協力するわけだが、ラモンが実家を去るとき、彼を家族として支援してきた兄、父親、甥、兄嫁が見送る。なかでも、兄嫁マヌエラの思いは複雑である。義弟として、というよりほとんど母親あるいは夫のように接してきたラモンとの別離は想像に絶する。自死を選ぶ者と、寡黙に見守るしかない家族たち。

本の出版と同時に、弁護士であったフリアは、ラモンのもとを去る。ラモンの死後、ジュネが、彼女を訪ねるシーンがあり、認知症が進んだフリアの状態は、観る者を慄然とさせる。

アレハンドロ・アメナーバルとは、『オープン・ユア・アイズ』でペネロペ・クルスを売り出し、『バニラ・スカイ』としてハリウッド映画がリメイクした映画だ。また、ニコール・キッドマンを主人公に迎えた『アザーズ』は、ゴシックホラーとして、ヒッチコックの『レベッカ』を想起させた。ペドロ・アルモドバルとともに、スペイン映画を担う刮目すべき監督さんだ。

一作づつ話題性を提供するアレハンドロ・アメナーバル『海を飛ぶ夢』が、尊厳死を描いた点で、『ミリオンダラー・ベイビー』に並び、「生と死」の本質を示し、今年観た映画のなかでは、ベストの一本に入る。『ミリオンダラー・ベイビー』が父と娘のシンプル・ラヴストーリであったとすれば、『海を飛ぶ夢』は、主人公と彼の家族、彼をとりまく女性たちとの複数的ラヴストーリといえるだろう。

ラモンを演じたハビエル・バルデムは、１９６９年生まれで若く健康的な肉体を持つ。その彼が、障害者ラモンを演じた。ほとんどが、表情による演技でその困難さを想像する。弁護士で認知症のフリアを演じた女優ベレン・ルエダや、アルモドバル映画の常連ロラ・ドゥエニャスとともに、『海を飛ぶ夢』を、素晴らしい映画にした。

『海を飛ぶ夢』の公式ホームページ