スラムドッグ$ミリオネア


ダニー・ボイル監督、アカデミー賞作品・監督賞受賞の『スラムドッグ$ミリオネア』(2008)を公開初日に観た。『トレインスポッティング』(1996)で進出してきたイギリス人監督は、以後、ハリウッドシステムの中でいまひとつ、本来の実力が出てないなと感じさせるフィルムが続いていた。



10数年間の不振を吹き飛ばすかのような、エキサイティングでパワフルな作風が、インドのムンバイ(ボンベイ)という土地を得て、インド映画*1のエネルギーを吸収するかたちで見事なエンターテインメントに仕上がっている。


Slumdog Millionaire

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クイズ番組「ミリオネア」は世界中で作られているようだが、インドのスラム街出身の兄弟と一人の少女の物語をクイズ番組の背後から、全面へ押し出す仕掛けが実に面白い。なぜ本命の『ベンジャミン・バトン』を凌駕しえたのか。本作を観ることで納得させられる。しかし一方では、映画のもつ普遍性という点では、人生の機微を逆説的に捉えたデビッド・フィンチャー作品が残るようにも思えるのだ。


スラムドッグ$ミリオネア』は、18歳のジャマールがテレビ番組「ミリオネア」で一問づつ解答して行く、なぜスラム出身の彼が解答できたのか、その背景を明らかにしながら物語が展開して行く。映画は冒頭でジャマール青年が警察に逮捕され、クイズの解答でインチキをしているのではないかとの疑いのもと、担当の警部に、一つひとつの問題にかかわる少年の人生が、解き明かされる。ジャマール少年は、兄サリームとともに、たくましく生き抜く。宗教対立の騒動に巻き込まれ、母親が撲殺される。目前で殺されたのは、ヒンドゥー教イスラム教の宗教対立のせいであり、母の死因がミリオネア問題の一問に関係していたのだった。


過酷な状況のなかで、大人たちに利用されながらも、たくましく自立して行くジャマール兄弟と少女。問題のすべてが、過去の人生で苦労した思い出に関わっていたからこそ解答することができた、その経緯が、フラッシュバック方式と、過去が現前化するリアリティで、フィルムは生き生きと輝く。


最後の問題の前に逮捕された青年ジャマールは、警部にひとつづつ説明し終わると、解放され最終問題に突入する。最終問題も、ジャマールと兄サリームと少女の三人に関係するものだった。そしてエンディングロールでムンバイ駅のホ−ムを舞台としてインド音楽による踊りが心地よく展開され、見るものにカタルシスをもたらす。


弟ジャマールは正直を絵に書いたような人生で、少女ラティカを一途に思いつめる。兄は如何なる状況にも柔軟に対応し、金銭に魅せられて行く。いわば対照的な生き方だが、ラティカを巡って対立する。もちろん、ラストには、ジャマールとラティカにハッピーな結末が待っているわけだが、そこに至るまでに、多くの死者たちがいる。それらすべてを、歌と踊りが昇華させてくれるエンディングの巧みさ。全員インド人による出演で、イギリス人による脚色(『フルモンティ』のサイモン・ビューフォイ)と監督(ダニー・ボイル)によって、摩訶不思議なインド映画が出来上がった。


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アカデミー賞作品賞受賞もうなづけるが、デビッド・フィンチャー『ベンジャミン・バトン』と比べた場合、フィッツジェラルドの短編作品を映画化した、ブラッド・ピットの逆回転人生の悲哀が、映画としての深みを出していたと思われる。ケイト・ブランシェットとブラピーという超有名人気俳優を配していることが、無名のインド少年ドラマに敗北したことの意味は、他ならぬアメリカ発の金融不況の影が大きいと今では思うのだが、さて如何であろうか。



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スラムドッグ$ミリオネア』は見方を変えれば、かつての植民地インドの宗主国イギリス人監督がポストコロニアルの視点でアイロニカルに撮った映画といえるのかも知れない。


【追記】(2009年4月20日

*1:インド映画は『ムトゥ踊るマハラジャ』『ボンベイ』『ラジュー出世する』などで日本ではブームになったが、以後、インド映画は殆ど公開されていない。