アンナ・マクダレーナ・バッハの年代記


ストローブ=ユイレの作品を観ると、緊張感が伝わってくる。最初に見たのがビデオ『アンナ・マクダレーナ・バッハの日記』(1967)であり、レオンハルト扮するバッハの演奏や、ケーテン候役のアーノンクールなど、本格的な古楽器を使用して演奏されるバッハの生涯を、厳格なスタイルで描いていたのに驚いた。今回、DVD『アンナ・マクダレーナ・バッハの年代記』で再見してみると、そのほとんどの演奏シーンにアンナのナレーションがかぶり、夫・J.S.バッハの後半生が構成されていて、実に見事な音楽映画になっていることが確認できたのだった。



ストローブ=ユイレの音楽映画として、『シチリア!』の一本前のオペラ『今日から明日へ』(1996)がある。映画冒頭で、室内の舞台装置の手前にオーケストラが配置されているシーンがあり、この映画はオペラであることを観客に示し、登場人物が4人の室内劇を歌によってみせるものだった。シェーンベルクの音楽によるものだが、緊密な室内劇として私は観た。



もう一本の『モーゼとアロン』(1974/1975)も、シェーンベルクの未完成のオペラだが、『出エジプト記』からモーゼとアロンの兄弟による「神」を巡る思想的議論には、襟を正さざるを得ない。無神論*1であるストロ−ブ=ユイレニによるユダヤの神ヤハウェに迫る。遍在する神と不可視の神とは、特定の人物あるいは金色の動物という偶像を崇拝するという代替行為に陥る。神の存在の否定を、背後から暗示しているかのような映像。砂漠でロケされた風景と人物は、つねに神についての対話から成り立っている。



いずれにせよ、紀伊国屋レーベルで発売されているDVDでは、長編第一作『和解せず』(1964/65)から『シチリア!』まで、9本、素晴らしいラインアップだ。九本をみてきて、ほぼ彼らの作風がみえてきたように思う。もちろん見えてきただけであり、とても解説できるわけがないことは、ストローブ=ユイレを一本でもみたことがあれば分かると思うが、ひたすら画面を凝視しなければならないフィルムであり、数回は見ないと、意図するところが読めない。その点ではDVD向きの作家といってもいいだろう。決してスクリーンで観て感想が言える代物ではない。にもかかわらず、コメントの誘惑に駆りたてられる強い牽引力を持つフィルムなのだ。



今後も紀伊国屋レーベルから、ストローブ=ユイレの未ソフト化作品の提供を、切に願うものである。*2


奇跡の丘 ニューマスター版[DVD]

奇跡の丘 ニューマスター版[DVD]

*1:無神論者が宗教映画を撮るとなぜか大傑作になる。その代表例が、パゾリーニ『奇跡の丘』(1964)であることは申すまでもないだろう。

*2:なお、カフカ原作の『階級関係』は、2007-01-06に拙ブログで言及している。