山のあなた 徳市の恋

清水宏のDVD-BOX『山あいの風景』(松竹、2008)について拙ブログ(2008-04-26)で言及したが、その中の『按摩と女』(1938)を70年ぶりにカヴァー*1した作品『山のあなた 徳市の恋』(2008)を観たので、その感想を書いておきたい。


清水宏監督作品 第一集 ~山あいの風景~ [DVD]

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結論からいえば、石井克人監督『山のあなた 徳市の恋』は、カヴァー作品として成功している。オリジナルのモノクロ画面を、カラーとして忠実に再現しており、風景の美しさが心に沁みる。また、キャスティングが素晴らしい。草ナギ剛(徳市)、加瀬亮(福市)の按摩コンビ。東京から来た謎めいた女にマイコ(三沢美千穂)が扮して和服の似合う美人女優の第一作として、存在感十分であった。


按摩と女 [DVD]

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渋い中年男の佐分利信役を堤真一、旅館の主人坂本武を今脇役として旬の三浦友和。他に渡辺えり子洞口依子黒川芽以たちが脇を固める。それぞれの演技が、視て心地よいリズムを生み出している。


石井版は、まず、冒頭にオリジナルにない風景の木漏れ日「空ショット」をもってきている。映画への導入としては自然な<絵のつなぎ>になっている。続いて徳市・福市の二人が山道を歩いて温泉地へ来るシークェンスから始まるが、清水宏を再現しオリジナルを律儀に反復しているだけではなく、随所に工夫が見られる。


山のあなた 徳市の恋

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峠の道で行き交う、女学生5人と大学生4人のシーンは、清水作品では何気なく撮っているようにみえるが、石井版は、丁寧に反復しながらも少し味付けを加えている。


川沿いでマイコと堤真一が丸太に並んで座り、語りあうシーンは堤と子供との関係や、堤が独身であることなどが語られ、男と女の一種のかけひきのようになっている。マイコのクロースアップなどで表情をみせるなど、実に秀逸な光景になっていた。オリジナルは、すべてがさらりとあたかも風景を水墨画で描くようなタッチだが、石井版は水彩画になっているのだ。出色の出来あがり。


清水宏を、完全にコピーしながらも、そこに石井色を見事に付加している。この作品は、感動する映画ではなく、映画全体が持つ雰囲気を味わう作品であることが伝わってくる。リメイクではなく、カヴァーしたことが結果として良質なフィルムになったといえよう。


石井克人山のあなた 徳市の恋』のようなカヴァー・ヴァージョンとして、古典を撮り直す試みが今後の映画の在り方に一石を投じた。石井克人が、清水宏作品を再発見させた功績は大きい。DVD-BOX化は、清水作品の再映画化が契機となったことは確かなのだから。



清水宏監督作品 第二集~子どもの四季~ [DVD]

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*1:石井克人は、清水宏のリメイクではなく、あくまでカヴァーしたという。実際、できあがった映画はそのようになっているのに驚く。