文学鶴亀


武藤康史『文学鶴亀』(国書刊行会、2008.2)を少しづつ読み、年譜・書誌・辞書史等の地味な仕事をこなしてきた武藤氏ならではの、硬質な文体と内容に驚嘆しつつ読み続けている。


文学鶴亀

文学鶴亀


吉田健一への開眼、里見トンへの傾斜、小津安二郎の「ことば」へのこだわり。野口富士男作品の紹介と引用、また夭折した若き女流歌人・安藤美保への思慕など、著者がこだわりをもつ作家・詩人などに言及する文体は、一種古風であり、高校生時代から「旧かなづかい」で書くことを貫いてきた頑固一徹文人とみた。


友と書物と (大人の本棚)

友と書物と (大人の本棚)


いまどき、めずらしい文体の持ち主であり、地味な自分が好む仕事に徹していて、本書は著者の批評文が一冊にまとめたられた本で、20年分の短文が収録されている。書誌関係では、紅野敏郎谷沢永一の流れを引き継いでいるようだ。


大正期の文芸叢書

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本はこうして選ぶ・買う

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「旧刊十二番勝負」は、里見トン、邦枝完二舟橋聖一矢田津世子、新田潤、野口富士男、井上立士、岡田三郎などを取り上げ、文章表現上の細部への関心のありように、著者の姿勢が伺える。



巻末に収録された「国語辞典で小津安二郎を読む」と「里見トンと小津安二郎」は、実に楽しい読み物になっている。「ことば」へのこだわり振りに、武藤康史の本領発揮というところか。


「日本語探偵帖」には、「チェッ」「算える」「団菊じじい」「留別会」「御愉快筋」「おたおた」「鉄管ビール」「内ごしらえ」「世間気」「しめこのうさぎ」「から」などを原典を引用しながら解説していて、愉快至極。


たしかに、古い言葉というより「粋なことば」を使うと、文章が引き締まる。『文学鶴亀』は発見の多い書物であり、作文に実用として応用することができる。


初舞台・彼岸花 里見トン作品選 (講談社文芸文庫)

初舞台・彼岸花 里見トン作品選 (講談社文芸文庫)


ちなみに「文学」も「鶴亀」も里見トンの作品のタイトルから取られている。早速、里見トン『初舞台・彼岸花』(講談社文芸文庫,2003.10)の「椿」と「鶴亀」を読む。小説のなかの会話のニュアンスは、小津作品の台詞に似ているではないか。とりわけ「鶴亀」の鶴おばあさんが怪我から病気になったとき、孫娘たちが喪服を買った話をする、これは小津が『東京物語』で杉村春子に喪服の準備をさせるシーンに引用していたことを想起させる。小津が里見トンの愛読者であり、セリフのリズムを模倣していたことが、武藤康史『文学鶴亀』を通じて分かったことだけでも大きな収穫であった。


東京物語 [DVD] COS-024

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小津のみならず、武藤康史『文学鶴亀』から多くのことを学ばせていただいた。とくに「ことば」の歴史的重みを。20年間蓄積された本書には、濃密な内容が含まれている。久々に一冊で数冊分の書物に出会えた幸福を味わうことができた。


国語辞典の名語釈

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旧制中学入試問題集 (ちくま文庫)

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国語辞典で腕だめし (ちくま文庫)

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■補記

武藤康史編集による『里見トン全集』あるいは『里見トン著作集』、吉田健一のような『里見トン集成』を期待したい。