みすず2007年読書アンケート


恒例の『みすず』2008年1・2月号の「2007年読書アンケート」を通読する。本の収穫は、通常年末の各種雑誌あるいは新聞等に掲載されるが、ほとんど文学・社会科学関係が多く、自然科学まで含めた専門分野まで踏み込んだ読書アンケートは唯一『みすず』のみであり、毎年愉しみにしている。ここ2年はリストアップされた点数で覚書に記録していたが、今回のアンケートからは、私の視野に入らなかった書物が気になったので、取り上げたい。


アンケート回答者には、いかにもこの人であれば、あの人の本をと予想どおりの記述があるなかで、特に目をひいたのは、増成隆士氏の次の一文であった。

「この世界の存在理由」と「私が生きているということの意味」について考えつづけてきました。結局、わからないままで六十五歳を過ぎたとき、こうした私の最高の伴侶との日々に癌によって終止符が打たれ、私の眼前の風景が一変しました。眼前は「無」となってしまったのです。(p.22)


増成氏が体験しているのは「かけがえのないものを失った悲しみの底にいる当事者の喪失感」である。確かに、「喪失」と「無」の前には、あれこれの「書物の収穫」どころではないだろう。


さて「無」の境地に引き込まれている状態から別の視点へ移動すると、三中信宏氏が、太田越知明『きだみのる−自由になるためのメソッド』(未知谷,2007)を「瞠目の伝記」として紹介していることに惹かれた。


きだみのる―自由になるためのメソッド

きだみのる―自由になるためのメソッド

少年きだみのるは自殺未遂の末、月島に流れ着き、その後アテネ・フランセでの仕事を経てフランスに留学し、有名なマルセル・モースに師事することになる。この頃の訳業に、岩波文庫に入っているレヴィ=ブリュル『未開社会の思惟』やラマルク『動物哲学』、そして『ファーブル昆虫記』の全訳があるが、その訳者「山田吉彦」がきだみのるの本名であることを私は初めて知った。しかし、戦後のきだみのるの後半生は凄愴にして余人にははかりしれない。まさにアンタッチャブルだ。(p.63−64)


きだみのる山田吉彦であることは、斯界では著名な事実だが、山田氏について私は『気違い部落周游紀行』(冨山房百科文庫、1981)の著者であること以外は何も知らない。


シュルレアリスム、あるいは痙攣する複数性

シュルレアリスム、あるいは痙攣する複数性


未読本のまま積読している鈴木雅雄『シュルレアリスム、あるは痙攣する複数性』(平凡社、2007)と、未購入の大宮勘一郎ベンヤミンの通行路』(未来社、2007)は、必読本だ。『都市の詩学』(東京大学出版会、2007)で多くの支持をを得ている田中純氏は、大宮氏の『ベンヤミンの通行路』をリストアップし、次のように評価する。

ベンヤミン旅行記や都市論をカール・シュミットらを召還しながら緻密に読解し、テクストに内在する緊張を先鋭化させた、強度ある文体で読ませる。(p.54)


大宮勘一郎ベンヤミンの通行路』とともに、ベンヤミンを理解するためには、ジョルジョ・アガンベン『幼児期と歴史』(岩波書店、2007)をとりあげているのが、田中純氏と十川幸司氏の二人であった。


幼児期と歴史―経験の破壊と歴史の起源

幼児期と歴史―経験の破壊と歴史の起源


永田洋氏があげている新学社近代浪漫派文庫『三島由紀夫』(新学社、2007)も見逃せない。


三島由紀夫 (近代浪漫派文庫)

三島由紀夫 (近代浪漫派文庫)

『橋づくし』を再読しようとしてたまたま手にとった三島のアンソロジー。文庫版わずか三百数頁で何が、と思ったのだが、実に見事な編集であった。編集者の名も記さず、解説もないが、凡百の「文学全集」三島集などはるかに凌駕する編集である。(p.27)


編集に関係するが、小尾俊人『出版と社会』(幻戯書房、2007)は、高価な本だが内容が充実しており、出版や編集の歴史に関する貴重な資料となるだろう。多くの評者が取り上げている。



コリン・マッケイブ著・堀潤之訳『ゴダール伝』(みすず書房、2007)は、鈴木布美子氏があげている。

フランス人にはなぜか自国の映画人についての優れた評伝を書く才能が欠落しているようだ。この詳細な伝記も当然のようにイギリス人のマッケイブの手によって書かれている。生い立ちから「映画史」や「愛の世紀」といった近年の作品に至るまで手堅い記述で読ませてくれる。通読して強く感じたのは、ゴダールとその時代との深い関係だった。(p.71)


ゴダール伝

ゴダール伝


以上、とりあげた本はいづれも未読*1だが、拙ブログの冒頭に引用した増成氏のことば「この世界の存在理由」と「私が生きているということの意味」は、おそらく読書人なら誰もが同感するはずである。


都市の詩学―場所の記憶と徴候

都市の詩学―場所の記憶と徴候

*1:購入して手元にあるのは『ゴダール伝』と『シュルレアリスム、あるは痙攣する複数性』の二冊のみで、『きだみのる』『ベンヤミンの通行路』『三島由紀夫』の三冊は注文中。