天が許し給うすべて


ダクラス・サーク作品が、やっとまとまってDVD化された。第1回は3作品だが、メロドラマとして後に多くの作家たちに影響を与えた傑作『天が許し給うすべて』(1956)が収録されている。ダニエル・シュミットが、ダグラス・サークにインタビューした記録映画『人生の幻影』(1984)の冒頭が、『天が許し給うすべて』のラストシーンのENDマークから始まっていたことを想起しよう。ベッドに横たわるロック・ハドソンの傍に、ジェーン・ワイマンが寄り添う。背景のガラス窓越しの雪景色の中に一匹の鹿が見える、印象的なシーンだ。



『天が許し給うすべて』では、ニュー・イングランドの小さな町に住む未亡人ジェーン・ワイマンが、友人アグネス・ムーアヘッドの誘いで保守的なブルジョワジーたちのパーティに参加する、典型的な郊外型のライフスタイルを送っている。彼女は、庭師ロック・ハドソンに出会うことで、ソローの小説『森の生活』のような自然人として生きている男とその仲間なちの生き方に惹かれて行く。『人生の幻影』でも引用される、二人が男の部屋で交わされるラブシーンのあと、ロック・ハドソンからジェーン・ワイマンへの結婚の申し込みに戸惑いながらも、現在の生活から森の自然生活への変化を引き受けようと決意する。ところがまず、二人の成長した長男ウィリアム・レイノルズと娘グロリア・タルボットに強硬に反対される。また、小さな町の未亡人の再婚相手が、彼らブルジョア保守者たちにとって肉体労働者に過ぎない庭師との結婚は、格好の話題とされ、夫の死亡以前からの不倫であるだの、年下の美しい労働者とのセックスに溺れただの、ジェーン・ワイマンにとって耐え難い非難にさらされる。もっとも耐えられないのは、二人の子供の猛烈な反対であった。やむを得ず、一旦、結婚をあきらめることになる。


森の生活〈上〉ウォールデン (岩波文庫)

森の生活〈上〉ウォールデン (岩波文庫)

森の生活〈下〉ウォールデン (岩波文庫)

森の生活〈下〉ウォールデン (岩波文庫)


映画の冒頭で教会の屋根から俯瞰ショットがキャメラの移動にしたがって、秋の気配を映し出す。映画半ばに再び同様のショットが撮られるが、季節は冬に一変している。このあたりの見せ方が実に秀逸。


やがて、長男は就職のため実家へ戻らないことになり、娘は結婚をして家を出るという。未亡人の邸宅には、テレビが搬入されるけれど、一人になったジェーン・ワイマンの心境がTVの画面に写された姿によって彼女の孤独と失望感が表現されている。


意を決したジェーン・ワイマンは、森で生活しているロック・ハドソンの小屋を再訪するが、ためらっているところを、山の上から視たロック・ハドソンは、彼女に声をかけようとして崖から落下し負傷する。友人からの連絡で、ロック・ハドソンの怪我を知り、ジェーン・ワイマンはついに彼のもとへ駆けつける。そして、窓際のベッドに横たわるロック・ハドソンに寄り添うよう姿で映画は、ENDマークとなる。


『天が許し給うすべて』は、ロック・ハドソンが不動の男、ジェーン・ワイマンは心が揺れ動き、子供と男の間で引き裂かれる苦悩を表象している。


このDVDボックスに収められている『心のともしび』(1954)では、立場が逆転し、善意の医師である夫を、金持ち御曹司ロック・ハドソンの気まぐれボート遊びのため、本来医師宅にあった人口呼吸器によってロック・ハドソンは生かされ、そのため高徳な医師は死ぬ。ジェーン・ワイマンは夫の死を契機に、ロック・ハドソンにかかわることになるが、ハドソンが執拗にワイマンに迫ったがために、ワイマンは事故にあい失明してしまう。そのことで、ロック・ハドソンは志半ばで止めた医師の勉強を再びはじめ、改悛と贖罪の過程で、愛とは自己犠牲の精神であることを悟ることになる。かなり荒唐無稽*1なストーリーを、ダクラス・サークは純愛メロドラマとして、実に美しく撮っている。


エデンより彼方に [DVD]

エデンより彼方に [DVD]


『心のともしび』は、『天が許し給うすべて』とセットで観るべき作品だが、完成度ははるかに後者が高い。のちに多くの映画監督は、『天が許し給うすべて』のモチーフに啓発されている。最近では、トッド・ヘインズが『エデンより彼方に』(2002)としてリメイクし、フランソワ・オゾンは『8人の女たち』で窓ごしに視える雪景色に鹿を登場させている、といったように。


8人の女たち デラックス版 [DVD]

8人の女たち デラックス版 [DVD]

*1:メロドラマは、男女のすれ違い・病気・交通事故・不慮の事故・記憶喪失などが物語の展開上必要なのだ。