文学のハンカチ王子


今朝のラジオ、森本毅郎「日本全国8時です」で、ゲストの荒川洋治が「文学のハンカチ王子」について語っていたのが面白かった。「森本毅郎スタンバイ」から引用しておく。


今日は、ある人の登場で、その世界が俄然注目される話です。
芸術の分野でも、いままで何度も「ハンカチ王子」が生まれてきた。
●小説…坪内逍遥(27歳)。
小説は文芸の最高形態、「倫理的立場をはなれて、人性の真実を写すもの」「文学は人間がそれに一生をかけてよい仕事である」と(小説神髄・明治?年)。江戸時代の戯作者のように下に見られていた小説に日があたる。以降、漱石、鴎外、芥川らも自信もって創作。
三島由紀夫。16歳、『花ざかりの森』でデビュー。「三島の才能」にはかなわないと、筆を折った人、他のジャンルに移る人が多数出た。
村上春樹。小説界の建武の中興。結果的に純文学から離れる読者をつなぎとめた。日常語なので、自分にも書ける、作家になれるかもの幻想ふりまく。
※小説は商業主義の支援もあり、定期的に「ハンカチ王子」が出るので、心配ない。ところが、詩歌は、ほうっておくと、ジャンルそのものが死滅の危機にさらされているので、「王子」の登場は、重要。


三島由紀夫の次は、村上春樹か。なるほど妙に納得させられる。ラジオを聴きながらうなづいている自分がいた。

仮面の告白 (新潮文庫)

仮面の告白 (新潮文庫)

一握の砂・悲しき玩具―石川啄木歌集 (新潮文庫)

一握の砂・悲しき玩具―石川啄木歌集 (新潮文庫)

石川啄木明治43年・24歳)…『一握の砂』。「東海の小島の磯の白砂にわれ泣きぬれて蟹とたわむる」「ふるさとのなまりなつかし停車場の人ごみのなかにそを聴きにゆく」・・・26歳で没。永遠の青春歌。
寺山修司(詩人・歌人)…第一歌集『空には本』(18歳・昭和33年)「マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや」「大工町寺町米町仏町老母買ふ町あらずやつばめよ」・・・48歳で没。
塚本邦雄「日本脱出したし皇帝ペンギン皇帝ペンギン飼育係も」「馬を洗はば馬のたましひ冴ゆるまで人恋はば人あやむるこころ」2005年、84歳で没。
※寺山、塚本登場で1960・70年代は「前衛短歌」に人気集中。
●そしてもうひとり、王子じゃないけれど。1987年、俵万智、登場(24歳)。『サラダ記念日』が空前のベストセラー。「思い出の一つのようでそのままにしておく麦藁帽子のへこみ」「嫁さんになれよだなんてカンチューハイ二本で言ってしまっていいの」。
※日常感新鮮に、卓抜なセンス。ちなみに本のカバーの推薦文は、私が書きました。あんなに評判になるとは。短歌は古い、もうスターは出ないと思われてたときに、出た。まさに王子。
※詩人では、とにかく島崎藤村明治30年(25歳)、第一詩集『若菜集』は、青春と恋愛の賛歌。いなかの娘さんたちもきそって愛唱、普及・浸透度すごい。「まだあげ初めし前髪の、林檎のもとにみえしとき、前にさしたる花櫛の・・」。テレビが普及するような感じか。
※ついで萩原朔太郎田村隆一谷川俊太郎・・。
大学野球同様、芸術も、たったひとりの若き才能でそのジャンルが活気づく。江戸川乱歩(探偵小説)、松本清張推理小説)、司馬遼太郎(時代小説)、星新一(SF)、岡本太郎(芸術活動)、池田満寿夫(現代美術)、横尾忠則(イラスト)、アラーキー荒木経惟・写真)、つかこうへい(演劇)・・。
※共通しているのは、
 ・20代、革新的才能で新時代の扉ひらく。一挙手一投足が注目される。
 ・思い切り沈滞しているときに「王子さま」が出て、ジャンル活気づく。
 ・あと続かず、元通りも多いが、一度でもあると「あんなこともあるから、がんばろうね」と、その世界の人たちの元気の素、励みに。(模倣品も増えますが)
 ・一つのジャンルが輝くと、社会全体が明るくなる気分。


やはり寺山修司の存在が大きい。「20代、革新的才能で新時代の扉ひらく。」まさしく、石川啄木島崎藤村、「王子」ではないけれど、俵万智


空には本―寺山修司歌集

空には本―寺山修司歌集


さすが荒川さん。ラジオの12〜13分の持ち時間内で、日本近代文学史を「ハンカチ王子」で切り取ってみせる手腕は凄い。今日のお話は、誰もが書く時代であっても、ひたすら衰退しつつある「文学」の世界には、「ハンカチ王子」の出現が望まれるわけだ。それにしても、村上春樹以後の「ハンカチ王子」がどのような形で出現するのか。荒川さんにとって大切なことは、詩や短歌などマイナーな文学は「ハンカチ王子」が出ないと忘れられてしまうという危機感にある。


はじめての文学 村上春樹

はじめての文学 村上春樹


荒川洋治の新刊『黙読の山』(みすず書房)は、7月2日発売予定、乞うご期待。