ヴェニスの商人
- 出版社/メーカー: ポニーキャニオン
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アル・パチーノがシャイロックを演じた『ヴェニスの商人』は、監督が名作『イル・ポスティーノ』のマイケル・ラドフォードであり、期待を裏切らない素晴らしいシェイクスピア映画であった。
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何より配役陣が良い。パチーノに加えて、アントーニオにジェレミー・アイアンズ、バツサーニオには、『恋に落ちたシェイクスピア』で若きシェイクスピアを演じたジョセフ・ファインズ。裁判時には博士として男装するポーシャには、リン・コリンズ。中世的な美女にぴったりだ。
恋に落ちたシェイクスピア コレクターズ・エディション [DVD]
- 出版社/メーカー: ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
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舞台は16世紀のヴェネチア。現地ロケの風景は、16世紀の陰影を漂わせた雰囲気で、出演者たちの衣装には一種官能性に溢れ、時代を感じさせる。時として絵画を想起させる画づくり。ヴェネチアのゲットーに住むユダヤ人シャイロックは、映画の冒頭で、アントーニオに侮蔑されるシーンがある。ユダヤ人問題が、この時代から20世紀の悲劇につながっていることが分かる。ユダヤ人たちが迫害されるシーンで、ユダヤ教とキリスト教の対立が背景にあることをまず、映画の始まりで示される。
本来は、喜劇である『ヴェニスの商人』は、アル・パチーノ演じるシャイロックの屈折した苦悩により、悲愴感ただよう悲劇的側面が強く出ている。裁判が終わり、ドラマの終焉で画面に向かって深く刻まれたしわと髯によって、ユダヤ人が置かれた悲劇的な位相を際立たせるとともに、一人の俳優が年齢に応じた役を自然に演じて行くことの見事さを、パチーノは見せてくれる。若手スター俳優として登場し、年齢とともに、演技に深みが帯びてきて、ついに敵役=悪役を悲劇的に演じきるまでに成熟した。
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ポーシャが父親の遺産を継ぎ、婿選びに、金・銀・錫の箱を用意し、花婿候補に箱選びをさせる。ポーシャの絵が入っている箱を当てた男が、晴れて婿になることができる。バツサーニオは、花婿候補としてポーシャ邸に赴くために必要なお金がない。その金の工面をアントーニオに頼むが、全財産が船上にあるアントーニオは、現金をシャイロックから借用することになる。もちろん、あの誰もが知っている肉1ポンドが証文に記載される。
シャイロックは妻に他界され、娘と二人暮らし。その娘が、キリスト教徒の若者と駆け落ちする。ヴェネチアでは、隔離されたゲットーから出るときは、目印として赤い帽子をつけるシャイロック。キリスト教中心のヴェネチア社会でユダヤ人は異端的存在であり、キリスト教徒は無利子でしか金を貸せないが、ユダヤ人であることを盾として、シャイロックは、高利貸しによって現在の富を築きえている。
シャイロックにとって、アントーニオの借金の証文に、返済できない時は肉1ポンドを引き換えにもらうことを書き付けるときが、迫害されているユダヤ人にとって、キリスト教徒たちに復讐できるチャンスだった。
ドラマは、ドゥカーレ宮殿で行われる裁判でクライマックスを迎える。経過は周知のとおりだが、男装のポーシャが裁判後、夫に与えた指輪を所望するシーンなど喜劇仕立てで、このあたりから大団円まで、いかにもシェイクスピア的祝祭的空間と化している。
それにしても、裁判の最後に、ユダヤ教からキリスト教への改宗を強要されたシャイロックの悲しみは深い。裁判終了後に見せるアル・パチーノの名状しがたく暗い表情。それに、海にむける娘の視線が重なり、エンディングとなるシークェンスは、ユダヤ人問題の根深さを意識させないわけには行かない。
映画を観て、様々なことを考えさせる、優れたフィルムとはそういう深い内容を含むものだ。『ヴェニスの商人』には、様々な要素が内包されていて、ドラマとしても実に見ごたえがある。これまで、一度も映画化されていないということが信じられないくらいだ。その点では、本作はシェイクスピア映画として、歴史に残ることは間違いないだろう。