団扇の画


随筆集 団扇の画 (岩波文庫)

随筆集 団扇の画 (岩波文庫)


川本三郎が10回にわたり、「柴田宵曲のいた時代」を朝日に連載していた。大きな物語が終焉した時代では、世相に背を向けて生きるのも一つの方法だ。

「その8」で、川本三郎は次のように書いている。

自分の好きな世界のことだけを丁寧に書く。敬愛する文人のことだけを書く。自ずと文章に穏やかな品が生まれる。
大上段に振りかぶらない。むしろ、細部を大事にする。

また、「その10 完」では、「平和な文芸の人」と絶賛している。

「壺中消息」の中で岡倉天心の、西洋人は日本が平和な文芸にふけっていたあいだは野蛮国と見ていたのに、ロシアと戦争を始めるや文明国と呼んだ、という意の皮肉な言葉を紹介している。宵曲はまさに「平和な文芸」の人だったといえる。

柴田宵曲は、川本三郎の世界に似ている。いや、逆だ。川本三郎は、声高ではなく、自分の好きな文人、たとえば荷風林芙美子など、また、好きな映画や、東京散策の文章を書いている。柴田宵曲の衣鉢を継いでいるといえよう。宵曲は、「子規をはじめ、鴎外、露伴、鏡花、漱石、龍之介らを好んで読んだ(荷風がないのが少し寂しい)。」と書いた川本三郎は、荷風についての大著『荷風と東京』や『林芙美子の昭和』を上梓している。


荷風と東京―『断腸亭日乗』私註

荷風と東京―『断腸亭日乗』私註

荷風好日

荷風好日

林芙美子の昭和

林芙美子の昭和


川本氏の文章に誘われて、柴田宵曲の文章を読んでみることにした。手持ちの文庫は、『妖異博物館』『続・妖異博物館』(ちくま文庫)、『古句を観る』『俳諧博物誌』『団扇の画』『書物』(岩波文庫)の五冊。


妖異博物館 (ちくま文庫)

妖異博物館 (ちくま文庫)

続 妖異博物館 (ちくま文庫)

続 妖異博物館 (ちくま文庫)

新編俳諧博物誌 (岩波文庫)

新編俳諧博物誌 (岩波文庫)


大きな物語が終焉した時代にあって、しばし、柴田宵曲の世界に浸ってみたい。『団扇の画』の冒頭の一編「月と人」を読むだけでも、柴田氏の人物像が見えてくる。

心の俗によって眼を曇らす者は、吉蔵となって榛軒に暇を出されなければ、落選代議士となって西郷候に翻弄されるを免れないだろう。月に関する感興の如何も、畢竟は心の問題である。(p.20)

『古句を観る』の巻末「俳人柴田宵曲大人」で、小出昌洋が氏について次のように記す。

氏は人物清虚、権勢に近づくことをせず、博交を求めず、自ら人に知られることをも求めず、一隠者として一生を終えた。(p.359)


柴田宵曲こそ読むべき人物であることを確信する。


書物 (岩波文庫)

書物 (岩波文庫)