大統領の理髪師


イム・チャンサンの監督デビュー作『大統領の理髪師』*1が面白い。1960年〜1970年代の韓国の政治状況が背後にあり、平凡な散髪屋のソン・ガンホが、大統領パク・チョンヒの散髪師を命じられる。そのため、妻、長男までが巻き込まれる一種寓話的なお話。昨日の『サマリア』に続いて韓国映画をとりあげる。


朝日新聞」7月17日(日)の「天声人語」で、この作品がとりあげられていた。15分で大統領の散髪を終えなければならないという命令に関して、小泉首相の散髪の時間と比較しての小話に仕上げていた。

天声人語

 ひげをそる手が滑って顔を切りでもしたら、銃殺されるかも知れない――。ことし日本でも公開された韓国映画「大統領の理髪師」は、ある日突然、朴正煕(パクチョンヒ)大統領の専属理容師に選ばれた男の動転ぶりを描いて退屈させない▼参上した主人公に大統領の側近が言い渡す。カミソリは無断で使うな、質問はするな、仕事は15分で終えろ。映画の中のお話ではあるが、大統領の散髪が15分きっかりとはせわしない。見終えて散髪時間の長短を考えた▼小泉首相の散髪は時に2時間を超す。行きつけの理容店は都心のホテルの地下にある。夜11時に入店し、翌午前1時半までいたこともある。「店内に抜け道があってホテルで誰かと密談している」「だから店を出ても髪が元のままなのか」。妙なうわさが政界に立つ▼20年前から小泉氏を調髪してきた理容師の村儀匡(むらぎただし)さん(47)は、一笑に付す。「店のどこにも抜け道なんかありません」。念入りな整髪が自慢で、パーマは2時間、カットでも1時間はかける。爪(つめ)の手入れもする。「髪形が不変なのは、切ったかどうかさえ微妙な仕上がりをお好みだからです」▼(「朝日新聞」2005年7月17日)


ある日突然、大統領の理髪師を命じられるソン・ガンホのとまどい。大統領官邸で緊張しながら散髪をする。警備室長の命じるままに、黙々と散髪する、しかし、時には失言もする。大統領官邸にソン・ガンホの家族が招待されるが、長男が大統領のこどもと喧嘩になり、ひたすら「閣下」へ謝罪するソン・ガンホ。帰途、事情が分かった長男は、父に謝るが父は気にせず、子どもを背負って歩く。「背負う」ことが、父親の子どもへの愛情表現になつている。


およそ政治的には無関心そのもののソン・ガンホは、もち前の無垢と善意のために、辛酸を味わい、また、親子の絆を深める。とくに、北朝鮮の特殊部隊の進入が、マルクス病として下痢を流行らせ、下痢をしていたがために一般庶民が、北朝鮮のスパイとして、電流の拷問を受ける。ソン・ガンホの長男が下痢をしたが、「大統領の理髪師」の立場から、警察で申し出たところ、逮捕され大人と同様に拷問される。帰宅したときは、子どもの足が立たなくなっていた。


父・ソン・ガンホは、子どもを背負い、著名な漢方師がいるという積雪した山のなかまで連れて行くシークェンスには、寓話とはいえ、親が子を思う強さを強烈に画面に出ている。ここでも、ソン・ガンホは長男を「背負い」、冷たい河を渡るシーンがある。「背負う」ことが、映画のなかで何度も反復される。


画面構成とか、ショットに鋭いキレを感じさせるわけでもない。カットを積み重ねて行くシンプルな撮影や、編集に意表をついたショットがあるわけでもない。普通の映画つくりではあるが、凡庸さを超えているのだ。


そんな中で、ソン・ガンホの存在感が圧倒的だ。『JSA』の北朝鮮兵士、『殺人の追憶』の田舎刑事役など、様々な役を演じている。今回は、ユーモア漂う平凡な男の悲哀を込めて、見事に理髪師になりきっていた。妻役のムン・ソリも、地味ではあるが、肝心なときに韓国女性の強さが前面にでていて、好感度アップ。


最近の韓流ブームとは、異なる次元で、韓国映画の力は、様々なジャンルにおいて傑作を輩出しつつあることを実感させられた。初監督であるにもかかわらず『大統領の理髪師』は傑作になっている。


『大統領の理髪師』公式サイト


大統領の理髪師 (ヴィレッジブックス)

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