オペレッタ狸御殿


鈴木清順が映画を撮る、それが映画的事件となる。しかも、ミュージカル版「狸御殿」となれば、期待度は高まる。出演がチャン・ツィイーオダギリジョーチャン・ツィイーの「ことば」はどうするのだろうか。まさか、全編、日本語というわけにはいかないだろうな、などは余計な心配だった。


チャン・ツィイーは、唐から来たお姫様という役どころで、とかくデタラメなストーリーが多い清順作品にしては、伝統ある狸御殿シリ−ズに新風を吹き込むフィルムになっている。


で、鈴木清順監督新作『オペレッタ狸御殿』は、狸御殿をどう色づけしたのか。


まず、安土桃山(このネーミングも凄い)役の平幹二朗が、「この世で一番美しいのは誰か」と尋ねると、由紀さおりは、息子の雨千代(オダギリジョー)が、安土桃山を凌ぐという。これは、シンデレラ物語ではないか。ネタの剽窃が見え見えなのも、いかにも人を喰った清順ならではの設定。世界一美しいのは普通は女性だろう。この逆転の発想が見事であり、そこから、狸姫と雨千代の「恋敵」ができてしまうから、不思議だ。まあ、清順作品には、一番からの順位付けは、『殺しの烙印』や『ピストル・オペラ』でお馴染みのもので、とりたてて突拍子もないものではない。「美」のランク付けとして、観ればよい。


もっとも、映画の冒頭で、ある百姓が、「狸と人は恋に落ちてはなりませぬ、今日は十三夜だから許される」といったような文言をいう。この「たぬき映画」は、虚構ですよと告げている。あとは、仕掛けをご覧あれと。


さて、チャン・ツィイーはほとんどを中国語で話すので、まったく違和感がない。村娘として登場するときは、やや不自然な日本語だが、オダギリジョーに出会い、たぬき姫となってからは、中国語を通しているので、その存在感は別格。どちらかと言えば受身に回るオダギリジョーは、美男としての品格で勝負している。『血と骨』よりも『パッチギ!』のキャラに近く、チャン・ツィイーの前では、希薄な存在になっているのはやむをえないところか。


薬師丸ひろ子は、たぬき姫の乳母・お萩の役だが、よく健闘している。乳母の役をする年齢になったことにも驚くけれど、オペレッタだから唄い踊りながらも二人の恋の助っ人役。そんな貫禄がいつの間に出来たのか、嬉しい限りだ。朗々たる声の平幹二朗は、シェイクスピアの『リア王』や『冬物語』を彷彿とさせるし、由紀さおりの美声も、文句ない。パパイヤ鈴木が、お萩の分身たぬきで、歌と踊りを楽しく見せてくれる。永瀬正敏が意外な役で、出演していて、にやっとさせられた。


鈴木清順監督『オペレッタ狸御殿』の楽しさは、今という時代よりも、伝統的な「たぬき映画」を踏まえた上で、ヒネリを加えた楽しさといえよう。最近の異次元時代劇(たとえば『真夜中の弥次さん喜多さん』)の面白さとまったく異なる。その点、観る人によっては、不満が残るだろう。あくまで、「鈴木清順のフィルムである」という前提で観ること。


軽快なテンポというより、舞台劇の荘重さと、ミュージカルの正統性という視点から観ないと、作品としての良さが分かりにくいかもしれない。清順映画といえば、桜、原色を多用する色彩感覚、書割のセット、意表を突く画面、つながらないカットなど、清順印は、『オペレッタ狸御殿』でも、お馴染みの「楽しみ=遊び」が観られる。美術の木村威夫とのコンビの特徴がいたるところに散見される。今回は、CGの利用が多い。美空ひばりのCG合成など、オーラーを発していた。予想外の収穫。


さまざまな点から総合的にみても、『オペレッタ狸御殿』は、まぎれもなく清順作品になっている。ただ、あまりに明快に視えてしまう分、難易度は高いといっておこう。でも作品の完成度からいえば、やはり、『ツィゴイネルワイゼン』(1980)が、最高傑作であることは変わらないだろうな。


オペレッタ狸御殿公式ホームページ


オペレッタ狸御殿 (河出文庫)

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鈴木清順代表作

ツィゴイネルワイゼン [DVD]

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けんかえれじい [DVD]

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殺しの烙印 [DVD]

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