アビエイター(補足)


マーティン・スコセッシ監督の『アビエイター』について、補足する。


いくつかのブログでは、キャサリーン・ヘプバーン役で、ケイト・ブランシェットが過剰演技をしているとの意見が散見される。ケイト・ブランシェットアカデミー賞助演女優賞へのクレーム以外の何物でもない。これはおそらく、キャサリーン・ヘプバーンを『旅情』(1955)や『黄昏』(1981)のイメージで捉えているからではないだろうか。ただし、私個人は、アカデミー賞の権威など信用していない。しかし、ケイト・ブランシェットの演技を高く評価したい。


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アビエイター』に登場するキャサリーン・ヘプバーンとは、『勝利の朝』(1933)でアカデミー賞主演女優賞受賞*1で既に有名女優になっており、この時期の彼女の映画は、ジョン・フォード監督の歴史劇『メアリー・オブ・スコットランド』(1936)や、ハワード・ホークス監督のスクリューボール・コメディ赤ちゃん教育』(1938)、さらには、ジョージ・キューカーの名作『フィラデルフィア物語』(1940)に主演していた大女優であって、ケイト・ブランシェットの演技は、当然それらのフィルムや伝記を通して勉強した上での出演だったことは言うまでもあるまい。


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『旅情』や『黄昏』の中・老年時の落ち着きはらったった雰囲気とは、かなり違うことを踏まえたうえで、ケイト・ブランシェットの演技を観ることが原則であることは、ハリウッドの常識であり、日本公開された映画のみで、キャサリーン・ヘプバーン=ケイト・ブランシェットを判断すると大きな間違いを犯すことになりかねない。ケイト・ブランシェットは実力演技派女優で、それは『エリザベス』を観れば、誰でもわかることだ。不思議な縁というべきか、キャサリーン・ヘプバーンが演じた「スコットランドのメアリー」と、ケイト・ブランシェットが演じた「エリザベス」は従姉妹同士であり、英国王位継承権を巡って争っているのだ。


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蓮實重彦による『キャサリーン・ヘプバーン追悼』を引用しておく。

合衆国には「ヘップバーン神話」はあっても、ペック神話やオードリー神話なんてものは存在しない。ところが、日本では、ペックさんやオードリーさんのほうが有名らしく、無知からでたこの種のガキ人気にマスメディアまでが同調してしまうのは本当に嘆かわしい。
・・・(中略)・・・
わが国におけるアメリカの専門家を自称する人のほとんどは、自分が同時代の知識として知りえたものしか情報として持ってはいないからです。だから、ヘップバーンさんを追悼するにしても、『アフリカの女王』や『旅情』や『黄昏』ぐらいでお茶を濁してしまう。『スコットランドのメリー』の監督ジョン・フォードさんと彼女との一応は「プラトニック」なものといわれている大胆きわまりないロマンスや、必ずしもホークス的ヒロインとはいいかねるキャサリンさんを主演に迎え、ハワード・ホークスさんがグラントさんをフォードさんに見立て『赤ちゃん教育』を撮ったという周知の事実に誰も触れていないからといって、いまさら怒ったりはしますまい。しかし、彼女の追悼にジョージ・キューカーさんとスペンサー・トレイシーさんの名前を挙げずにおくことが、国際規格からみてジャーナリスト失格だといったことぐらいは知っておいたほうがよい。


なお、『アビエイター』のなかで時々言及される『暗黒街の顔役』(1932)とは、ハワード・ヒューズ製作、ハワード・ホークス監督による映画史上の傑作であることは、この映画を観る者は、当然知っていなければならない前提であろう。


誤解に基づく解釈をしないために、敢えて補足しておきたい。映画とは映画史的記憶のなかで輝くのである。幸いにもDVDでこれらの作品を観ることが出来る。


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*1:第一回目、その後三回、『招かれざる客』(67)『冬のライオン』(68)『黄昏』(81)と計四回受賞する