ロング・エンゲージメント


遅ればせながら、やっとジャン=ピエール・ジュネロング・エンゲージメント』(A very long engagement、2004、仏・米)を観る。
フランス映画伝統の良質なエンターテインメントの恋愛映画であると同時に、反戦映画として素晴らしいフィルムだった。


ジャン=ピエール・ジュネと主演のオドレイ・トトゥのコンビが前作『アメリ』からすべてにおいてスケール・アップされている。セバスチアン・ジャプリゾ原作『長い日曜日』による戦場で死刑を宣告された5名のその後の足跡を追うミステリーだが、そのうちの一人マネク(ギャスパー・ウリエル)の恋人マチルド(オドレイ・トトゥ)が、マネクの生存を信じて、ひたすら彼を捜し求めるストーリーである。その意味では、「愛」と「信ずること」の持続が全編を貫く縦糸であり、5人の戦後の行方を捜すことが横糸として、巧みに織られたタペストリーのような味わいがある。


時代は1910年代、第一次大戦の前線における残酷で無意味な殺戮行為を、塹壕のなかを中心としたキャメラワークが、リアルに捉える。大戦後のパリや田舎の風景を含め、セピア色に統一された独特の色彩感覚。モノクロ写真の多用など、どちらかといえば映像のスタイルに凝るタイプの監督であり、その時代感覚が、ミステリアスな展開と「愛」の力強さによって、謎が解けて行く過程の見事さ。


マチルドがパリの野菜売り場で出会う婦人は、なんとジョディ・フォスターだった。メインキャストになっていないので、よく視ていないと気づかないほど、フランス人になりきっている。夫の命令で、夫の友人と関係を持つ女の引き裂かれた心情と、肉体的な快楽の狭間で揺れる女性をジョディ・フォスターが、美しく艶っぽく演じていたことは驚きの一つだった。


いま一つの驚きは、処刑される5名のうちの一人溶接工を、レオス・カラックスのアレックス三部作の主役だったドニ・ラヴァンが扮していたことだ。頭髪ははげあがり、額に深く刻まれたしわは、あの『ポンヌフの恋人』(1991)のアレックスのなれの果てなのだろうか。重なって視えてしまうのは私だけ、とは思えない。


さらに配役で言えば、アラン・レネの傑作シャンソン・ミュージカル『恋するシャンソン』(1997)のアンドレ・デュソリエが弁護士役で、また、『デリカテッセン』(1991)以来のジュネ作品の常連で小柄なドミニク・ピノンがマチルドの叔父さん等々、枚挙にいとまがないほど贅沢なキャストが、この作品の豊穣さに貢献している。


マチルドがすむ叔父夫妻の家に、郵便配達人が手紙を届ける。その郵便配達人ジャン=ポール・ルーブは、乗っている自転車や移動するリズムや、動作・仕草がジャック・タチそのものなのだ。これもフランス映画史を踏まえた映画的記憶に連なるフィルムであることを、細部で示していることになろう。


フランス映画が、アメリカ資本を得て、フランス映画の香りや伝統に沿った美しくも壮大なメロドラマ=ミステリー、そして何より反戦厭戦映画として、成功を収めていること、なおかつ「映画の20世紀」へのオマージュにもなっている点で、『ロング・エンゲージメント』を高く評価したい。



長い日曜日 (創元推理文庫)

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ポンヌフの恋人〈無修正版〉 [DVD]

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