列車に乗った男
パトリス・ルコントの『列車に乗った男』(2002)は、男二人の交流という点で『タンデム』(1987)の系譜につらなる。パトリス・ルコントの作品は、コメディイ、恋愛映画、男同士の友情、大きく三つのカテゴリーに分かれる。
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『髪結いの亭主』や『仕立て屋の恋』が日本公開されたとき、ルコントは美女に恋する男の孤独とせつなさを、リリカルに描く作家と見られていた。のちに初期のフィルムが公開されて、『レ・ブロンゼ』シリ−ズなどのコメディから出発した作家であったことが分かる。その後、コメディ風の映画と、一方で深刻な男の視線による恋愛映画を交互に撮ってきている。
最新作の『列車に乗った男』は、初老を迎える男二人の人生をみつめる映画になっている。引退した教授ジャン・ロシュフォールが、列車で田舎町へきた流れ者のジョニー・アリディに出会ことで、自らの人生を振り返り、可能ならば別の人生もあり得たことを想う。西部のマッチョ男を想像させるジョニー・アリディの生き方に共感を覚え、あこがれさえ抱く。しかし、教授は、心臓の手術を土曜日に受けることになっていた。流れ者は、同じ日に仲間とともに銀行強盗を働く予定であった。
二人の男の死と再生。
再生した二人は、新たな人生を歩む。すなわち教授は列車に乗って旅にでる。流れ者は、教授の家でピアノをひいている。交換可能な人生のように見える。しかし、それも実は幻想にほかならない。人は過去の人生を変えることはできない。未来は希望と意思を持てば、変えることも可能だ。そんなメッセージが込められているように思える。果たしてそうだろうか。
ロードムービー『タンデム』(1987)では、ジャン・ロシュフォールとジェラール・ジュニョーは、喧嘩を繰り返しながらも車に同乗し続ける旅を、男同士の友情と情けの想いとして描かれる。しかし、人生の交換はない。
『列車に乗った男』では、人生の交換を希望する教授と、強盗の決行に悩む流れ者。教授は、最後の別れの日、男にアラゴンの詩集を渡す。そのとき、男はサーカスで14年間スタントマンをしていたことを打ち明ける。何かが変わるわけでもない。いってみれば平凡な人生。とりかえしのつかない人生ではあるが、後悔もしていない。とりとめもない、どこといって異彩を放つ映像や、印象深い光景があるというわけでもない。あえていえば、二人がすれ違うシーンや、手術後ベッドに横たわる教授の眼と、銃に撃たれ深い傷を負った男の瞳があり、交錯する視線はスクリーン上でのみ交わる。
ジャン・ロシュフォールが、髪をカットするために床屋に行くシーンがある。もちろん、あの名作『髪結いの亭主』で主演した自分へのパロディになっているのは明らかであり、孤独な男という点では、おそらく『仕立て屋の恋』や、官能的な『イヴォンヌの香り』を含めたルコントの全作品に通底している。
パトリス・ルコントの多くのフィルムに主演しているジャン・ロシュフォールは、ルコントの分身的存在といってもいいだろう。とすれば、『列車に乗った男』において、自らの人生を回顧し、希望すべき未来への幻想を語っていると看做すことができる。にもかかわらず、いずれにせよ、人生とは「孤独」にほかならない、と。シニカルな自己言及的視点だ。
■パトリス・ルコントの代表作
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